プーチン露大統領の改憲案、一部権限委譲も進む中央集権化
ロシアのプーチン大統領が提出した憲法改正案を、下院が基本採択した。改正により大統領権限の一部を下院に委譲し、首相候補や一般閣僚らの人事権を下院が持つことになる。「武力省」と呼ばれる国防省や内務省など武力を有し権力と結び付きの強い省の閣僚や最高裁裁判官、検察官の人事権を首相から離し、大統領が任命するなど、大統領への集権化がさらに進む形だ。(モスクワ支局)
評議会「強化」で院政の布石か
プーチン大統領が1月15日に行った年次教書演説。1時間12分にわたる演説の多くは、現在1・5まで低下した出生率の回復に向けた施策に関するものだった。第2子以降に支給される「母親基金」や、貧困層の子供に対する手当の拡充などだ。その後、経済政策などのテーマに移り、終盤で突然のように語りだしたのが憲法改正の提案だった。
わずか5日間で準備されたという憲法改正案は、議会や裁判所への権限移譲を求める世論に応えるもののように見えた。しかし実際には大統領権限を拡大し、三権分立という民主主義の基本構造を徹底して破壊する要素を持つ。
現行憲法で、首相は大統領が提案し下院の同意を得て任命する。これが改憲案では、下院が首相候補を承認し、大統領が任命する形となる。プーチン氏は演説で「(下院が承認した首相の任命を)大統領は拒否できない」と強調した。下院が首相の人事権を握る形に見えるが、首相承認をめぐる大統領と下院の力関係に変化はなく、言葉遊びにすぎないというのが、ロシアの政治学者らの見方だ。
一方、副首相や一般閣僚の承認では、実際に大統領権限の一部が下院に移行する。現行憲法では首相が提案した副首相や閣僚を大統領が任命するが、改憲案では首相が提案した副首相、一般閣僚を下院が承認する。大統領の関与が無くなるのだ。
しかし、これによって下院の権限が拡大するかといえば、そうではない。大統領は憲法改正により、この権限移譲を補って余りある権限を手に入れることになるからだ。改憲案では国防省や内務省などの閣僚や、最高裁判所の判事や検察官の人事権を首相から離し、大統領に移す。
国防省や内務省などは「武力省」の異名を持ち、ロシアの政治構造の上で非常に重みがある。一方、それ以外の省庁の権限は、「武力省」と比べれば小さなものである。その各閣僚を、大統領は上院と協議の上で任命するのだ。また、最高裁の判事や検察官は、現行憲法では議会が任命するが、改憲案では大統領が指名し上院が承認することになる。2003年の制度改正により、上院議員は選挙で選出されるのではなく、任命制に変更されている。
もちろん現在も、「武力省」トップや最高裁判事、検察官の任命には大統領の意向が強く反映されている。しかし憲法改正でこれらの人事は、選挙により民意を反映する下院との関わりが完全に断ち切られる。
そして、改憲案で最も注目されるのが、地方知事らでつくる「国家評議会」の位置付けである。国家評議会は、プーチン大統領が2000年に出した大統領令で設置されたもので、現憲法には明記されておらず、大統領の諮問機関にすぎない。
この国家評議会に「国家権力機関の機能を調整し、内外政策の主要方針、国家の社会経済発展の優先分野を決定する」権限を与えるというのだ。
大統領年次教書演説の後、メドベージェフ内閣が総辞職し、翌16日には連邦税務庁のミハイル・ミシュスチン長官が首相に就任した。メドベージェフ氏は、プーチン大統領が議長を務める安全保障会議の副議長となった。
突然の憲法改正の提案や内閣総辞職の背景には、プーチン大統領の支持率低下がある。レバダセンターの1月15日の調査では、「プーチン大統領に投票する」との回答は38%にすぎなかった。
14年のクリミア併合を受け開始された欧米諸国による対露経済制裁は、ロシアの経済成長をストップさせ、国民生活にも大きな影響を与えている。貧困ライン以下の人口は、全人口の約13%に当たる1800万人を超えた。
この状況でプーチン氏が,将来の院政に向けて布石を打った形だ。大統領権限を強化する一方、単なる諮問機関だった国家評議会が、政府や議会に並ぶ権限を持つ可能性がある。まだ不透明な部分が多いが、今後、院政の具体的な形が明らかになってくるだろう。






