中東政治の鍵を握るトルコ、米軍シリア撤退で取引か
トランプ米大統領が突然発表した米軍のシリア撤退はマティス国防長官の辞任の引き金となったが、背後でトランプ米大統領とトルコのエルドアン大統領の取引があったのではないかとの見方が有力だ。トルコが中東政治のキープレイヤーになりつつあることを印象づけるものだ。
(カイロ・鈴木眞吉)
サウジへの圧力弱める密約
「イスラム化」推進に警戒も
トランプ米大統領が、突然米軍撤退を決断した背景は、エルドアン・トルコ大統領との電話会談にあったとの報道は全世界を駆け巡った。サウジの戦略的重要性から、カショギ問題でサウジを追及するトルコに対して、米国が、トルコがテロ組織に指定するクルド勢力への支援を放棄する代わりに、トルコがサウジへの圧力を軽減する密約が成されたとの見方が支配的だ。
エルドアン氏の思想的原点は、エジプトのスエズ運河沿いの町イスマイリヤで1928年に結成されたイスラム主義組織「ムスリム同胞団」にある、とされる。筋金入りのイスラム教徒ぶりは、政治集会でイスラム賛美の詩を朗読し国是の政教分離違反で4年半の実刑を受けてもイスラム主義政党を率い続けたことにも示される。エジプト科学技術大学のバセル・ユスリ教授も、「エルドアン氏が、ムスリム同胞団の国際組織の隠れた指導者であるとの見方は正しい」と明言した。
ムスリム同胞団は、イスラム法(シャリア)によって統治されるイスラム国家の確立を目標としている。世界各国の憲法や法律に、イスラム法を反映させることにより、全世界イスラム化を目指す団体で、中東諸国のみならずイスラム教徒移民の多い欧州はじめ全世界に進出している。
エルドアン氏が政権を担うまでのトルコは、イスラム教信仰によって硬直化したオスマン帝国時代への反省から、近代トルコの父ケマル・アタチュルクが世俗化(政教分離)を推進、欧米諸国から「イスラム国家の優等生」と称されるようになった。北大西洋条約機構(NATO)への加盟を認められ、欧州連合(EU)への加盟交渉が開始されたのも、トルコが世俗化による、信教の自由を土台とした自由で民主的な政治形態を維持することへの期待があったからだ。
しかし、エルドアン氏の首相、そして大統領への就任で、その期待を打ち砕く「イスラム化」に突き進んだことから、EUは加盟交渉に消極的になり、現在に至っている。
ムバラク元エジプト大統領は「ムスリム同胞団は過激派の温床」として警戒、事実、サダト元大統領を暗殺した「イスラム団」などのエジプトのイスラム過激派諸組織や、パレスチナのガザ地区を武力支配中の根本主義過激派組織「ハマス」などは同胞団が母体、過激派組織「アルカイダ」や「イスラム国」(IS)など名だたる多くの過激派組織も同胞団が母体だ。
バセル教授は、対イスラエルで団結してきたアラブ・イスラム諸国は、今や、トルコ、カタールによって支持された「政治的イスラム同盟」と、エジプトやサウジ、アラブ首長国連邦(UAE),バーレーンなどによって支持された「穏健な政治同盟」に分裂した、と指摘した。「政治的イスラム同盟」の背後はムスリム同胞団で、エルドアン氏は、シーア派であるイランも巻き込みながら、当面はトルコのオスマン帝国化、次は全世界イスラム化に向かって歩を進めているとみられている。
一方、ロシアやイランは、シリア、トルコと連携、カタールは、サウジ主導に反発し、トルコ、イラン、ハマスとの連携を図っている。最近はアラブ連盟がシーア派系のシリアのアサド政権容認姿勢を示している。
サウジやエジプトなどの「穏健な政治同盟」諸国は宿敵イスラエルとの連携も視野に入れている。シシ・エジプト大統領は、6日放映された米CBSのインタビューで、IS掃討でイスラエルと協力していることを認めた。