シリアから米軍撤収、イランの勢力拡大に懸念

 トランプ米大統領は19日、シリアにおけるイスラム過激派組織「イスラム国」(IS)への掃討作戦が完了したとして、駐留する米兵約2000人を撤収すると発表した。シリアからの米軍撤収は、トランプ大統領の長年の公約とはいえ、イスラエルにとっては良いニュースではないばかりか、あまりにも突然で衝撃は大きかった。イスラエルの他、サウジアラビア、ヨルダンなど米国の同盟国やクルド人も懸念を有している。(エルサレム・森田貴裕)

米軍の装甲車

シリア北部マンビジュ近郊に展開する米軍の装甲車=2017年3月(AFP時事)

 トランプ大統領の米軍撤収発表の直後、イスラエルのネタニヤフ首相は、トランプ大統領との電話会談で米国との協力について話し合った。一部報道では、ネタニヤフ氏は前日に、電話で米軍撤収の連絡を受け、トランプ大統領に再考を求めたという。

 米軍は主にシリア北東部のクルド人居住地域に駐留し、クルド人に訓練や武器援助を行うなどユーフラテス川以東の砂漠でISと戦うシリアのクルド人主体の民兵組織「シリア民主軍」(SDF)を支援してきた。実際、米軍の部隊はSDFと共に、シリア全領土の約4分の1となるユーフラテス川以東のすべての領土を支配下に置いている。

 シリア北東部の駐留に加え、南東部には米軍特殊部隊の基地があり、米空軍や情報部隊が一部残っているIS支配地域での軍事作戦を行っている。この南東部の米軍駐留部隊が、イランからイラクを経てシリアへ、そしてレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラへの民兵、ミサイル、その他の武器の移動を防いできた。さらには、この米軍の存在が、ヨルダンとイスラエルとの国境近くで軍事拠点を設置しようとするイランの精鋭部隊である革命防衛隊クッズ部隊とシーア派民兵を阻止してきた。

 米軍の撤収により、それまで米軍の駐留部隊の存在により通行を阻まれていたイラン軍などの武器輸送部隊がイラクやシリアを通り、レバノンまで陸上回廊を通って自由に行き来できるようになるとすれば、イスラエルにとっては脅威でしかない。ネタニヤフ氏は20日、「シリアに根を張ろうとするイランの挑戦には、積極的に行動を続ける」と警戒を強めている。

 元イスラエル軍少将で国家安全保障顧問も務めたヤーコブ・アミドロル氏は、「米軍の撤収とともに、米国はイスラエル一国をおいてシリアを放棄するという重大な決断を行った。イスラエルが苦闘しているシリアで展開するイラン軍を抑え込む役としての米軍の貢献は無きに等しい」と述べた。

 元イスラエル軍准将で軍情報部研究部長やイスラエル戦略問題省事務局長も務めたヨッシ・クペルワッセル氏は、「シリア南東部のイラクとの国境地域で武器の移動を防ぐ役割を果たしていた米軍の撤収は、イスラエルにとっての具体的な脅威を意味する。米軍の撤収後のシリアをアサド政権軍とイラン軍が完全に支配することになり、イランの武器がイラクを通ってシリアへ渡り、さらにレバノンにも移される可能性があることを意味している。イラン軍は力を付け、ますます強くなるだろう」と述べた。

 イランはシリアのアサド政権の重要な支援国であり、2011年のシリア内戦開始以来、反政府勢力に対抗するための軍事顧問と軍事装備、シーア派民兵の派遣、財政援助等をアサド政権に提供してきた。

 イランの国防相が最近、シリアのダマスカスを訪問し「イランはアサド政権への支援を継続する」と述べている。シリアのアサド政権は、イランとロシアを除いて、シリアにおける外国の軍事攻撃に反対してきた。

 ロシアは、イラン軍をイスラエルとの国境から約100㌔の距離に保つことを約束しているが、シリア駐留の米軍部隊が撤収を完了すれば、イスラエルと敵対するイラン軍はイスラエルとの国境近くに軍事拠点の設置を推進してくることが予想される。