聖職者支配体制に不満爆発、イラン全土で民衆が大規模デモ
イスラム教シーア派の盟主を自任するイランで、聖職者支配体制を揺さぶる大規模デモが行われた。民衆の力を圧倒的に上回る体制側の権力によって、デモは完全に鎮圧されたものの、その火は国民の間にくすぶり続けている。
(カイロ・鈴木眞吉)
「革命の世界輸出」を批判
昨年12月28日に、突如勃発した民衆のデモは、瞬く間にイラン全土に拡散、体制側を慌てさせた。物価上昇への抗議デモが次第に体制批判に転じ、130もの都市に拡大したからだ。
欧州を拠点とする反政府組織「イラン抵抗評議会(NCRI)」によると、治安部隊が逮捕した市民は8000人(当局は450人と発表)を超え、少なくとも50人が殺害され(当局は21人と発表)、うち少なくとも5人が拷問で死亡した。
デモ隊は「シリアを支援するのではなく国民を見ろ」「国民は物乞いをしている。聖職者は神のまねをしている」などと訴えた。「イラン・イスラム・シーア派革命の世界輸出」に固執するイスラム教指導者に対する痛烈な批判だ。
北部アブハルでは、最高指導者ハメネイ師の顔が描かれた横断幕が燃やされ、首都テヘランの大学では、デモ隊が同師の退陣を求め警察と衝突、宗教都市コムでも、デモが行われた。
最高指導者ハメネイ師批判はこれまでタブー視されてきたことから、1979年のイラン革命以来の聖職者支配がほころび始めているのではないかとの見方もある。
イラン革命について軍事ジャーナリスト、黒井文太郎氏は著書『イスラムのテロリスト』で、「イスラムのテロが一躍注目されるようになったサダト・エジプト元大統領暗殺事件の約一年半前、中東地域の政治状況を根底から揺るがす『イスラム勢力の台頭』が起きていた」と指摘、革命が過激思想の誕生につながったとの見方を示した。
「全世界イスラム化のための革命輸出」を聖戦と捉え、それを妨げる「敵」と戦い、死ぬことは、価値ある行為と考える殉教思想が確立され、ホメイニ師は激烈な殉教精神を扇動するようになっていく。
その革命輸出の先兵が「革命防衛隊」であり、レバノンのイラン系イスラム教シーア派過激派民兵組織「ヒズボラ(神の党)」だ。彼らは、レバノン、イラク、シリア、イエメンに浸透、スンニ派諸国との対立を先鋭化させ続けている。
ヒズボラの書記長ハッサン・ナスララ氏は、ホメイニ師のイラン帰国後の門下生。黒井氏は、「イスラム・テロ史上、自爆テロという究極の殉教行為を組織化した最初の武装集団はヒズボラだ」と指摘した。
また、エジプトに数十年滞在する邦人に、イスラム過激派のテロが始まったきっかけを尋ねたところ、イラン革命が最大の転機で、以降、イスラム教が過激化したとの答えだった。学者でもマスコミ人でもない一般の経済人だが、肌で実感していたのだ。
イラン国民は、殉教精神に支えられた「全世界イスラム化」を標榜(ひょうぼう)する聖職者支配体制への不満を爆発させたことになる。
この種の思想はスンニ派でも同様で、イスラム組織「ムスリム同胞団」を母体として分派したイスラム過激派諸組織はいずれも「全世界イスラム化」を目指しており、そこに聖戦の根拠を置いている。「イスラム国」(IS)しかり、アルカイダしかりだ。
かつては「世界の共産化」を目指した国際共産主義運動が世界を不安定化させたが、現在は「世界イスラム主義」とも言うべき、イスラム聖戦思想が世界不安定化の一因になっている。