クルド住民投票、民族間の亀裂埋める努力を
イラク北部のクルド自治政府で行われた独立の是非を問う住民投票をめぐって周辺諸国との間で緊張が高まっている。独立への拙速な動きは、地域の不安定化につながりかねず、進行中の過激派組織「イスラム国」(IS)掃討作戦にも影響を及ぼしかねない。
92%に達した賛成票
住民投票はクルド自治区だけでなく、産油地キルクークなどを含む中央政府との係争地でも実施された。自治政府の発表によると、賛成票は92%に達し、「国を持たない世界最大の民族」の独立への強い思いが反映される結果となった。
クルド人はイラン、イラク、シリア、トルコに住む。第1次世界大戦後のオスマン帝国解体によって居住地が各国に分割され、各国で少数派として厳しい境遇に置かれてきた。
トルコでは1970年代から政府の迫害を受け、文化、言語が否定されてきた。クルド人への抑圧は今も続く。
イラクでも、フセイン政権当時に迫害にさらされ、化学兵器によって数千人が死亡するという悲惨な出来事も起きている。
クルド人地域の自治が始まったのは70年だが、実効支配を獲得するのは91年の湾岸戦争で多国籍軍の保護を受けられるようになってからだ。
2014年のISの台頭を受けて、クルド人の民兵組織ペシュメルガがIS掃討作戦で活躍していることから、国際社会から注目され、自治区内での独立への機運も盛り上がっていた。
クルド人はイスラム教徒スンニ派、03年のフセイン政権崩壊後のイラク中央政府は国内多数派のシーア派の支配が強く、それが離反に拍車をかけたのは間違いないだろう。
14年にISの攻撃を受けてイラク軍がキルクークから壊走したことから、クルド治安部隊がこの地を実効支配することになった。
投票を受けて、イラク政府は、軍事攻撃も辞さないと強気の構えだ。29日には自治区への国際線の乗り入れを禁止しており、孤立化を図っている。イラン、トルコも強く反発、国境の封鎖を示唆している。
自治区の経済は石油の輸出に大きく依存している。クルドの石油はパイプラインでトルコに輸出されており、トルコが輸入を停止すれば、イラク経済は大きな被害を受けることになる
国際社会も否定的だ。支持を表明したのはロシアとイスラエルだけ。現状の変更につながるうえに、地域の不安定化につながるのは必至で、進行中のIS掃討作戦への影響も懸念されている。
クルド自治政府のバルザニ議長は投票結果を受けて「今、新たな章が始まる」とツイート、喜びを表明した。独立の可否は、今後の中央政府との交渉に委ねられることになる。独立機運上昇は必至
イラクのクルド自治政府が独立を目指せば、クルド人を抱える近隣諸国でも独立への機運が高まるのは避けられない。
国際社会が、現状の変更、地域の不安定化につながる可能性のある独立に慎重なのは当然だが、同時に民族、宗教・宗派間の溝を埋める努力も必要だ。