イスラエルとハマスが停戦
交戦から12日目 死者250人超
イスラエルとパレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム根本主義組織ハマスは21日午前2時(日本時間同午前8時)、停戦に入った。10日に始まったイスラエルとハマスの攻撃の応酬は、12日目で一旦(いったん)収束した。
(エルサレム・森田貴裕)
イスラエル政府は20日夜、安全保障閣議を開き、エジプトが主導する無条件の相互停戦案を全会一致で承認した。エジプト政府は、停戦状態を維持するための監視団をイスラエルとパレスチナ自治区の双方に派遣すると発表した。
軍事衝突に伴う被害の拡大に懸念が高まり、イスラエルとハマスにパイプを持つエジプト、カタール、国連は停戦を模索していた。バイデン米大統領が19日にイスラエルのネタニヤフ首相との電話会談で緊張緩和を求めるなど、国際社会からの圧力が強まっていた。
イスラエルは今回の軍事作戦で、ハマスが軍事拠点としていた高層ビルや地下トンネル網などを破壊し、弱体化を進めた。
今回の交戦のきっかけは、エルサレム旧市街のイスラム教聖地ハラム・アッシャリフ(ユダヤ教呼称「神殿の丘」)にある「アルアクサ・モスク」でのパレスチナ人暴徒らとイスラエル治安部隊の衝突だった。
イスラム教聖地でのイスラエル治安当局の行動に猛反発したハマスが10日、エルサレムへ向けてロケット弾を発射した。ネタニヤフ首相は「ハマスは一線を超えた」とし、イスラエル軍が報復としてロケット発射台や軍事拠点、ハマス関連施設など多数の標的に空爆を始めた。
交戦が開始された10日以降、ガザ地区では243人が死亡。ガザ地区からはイスラエルに4000発以上のロケット弾が発射され、イスラエル側でも12人が死亡した。
イスラエルが2005年にガザ地区から完全撤退して以降、勢力を拡大したハマスは07年6月にガザ地区を武力で制圧。ハマスは、パレスチナ自治政府アッバス議長の支持母体であるファタハを追い出してガザ地区の実効支配を確立した。以来、ハマスはイスラエルとの間でたびたび衝突を繰り返してきた。
今回の交戦は、イスラエル軍による14年夏の大規模軍事作戦以来の規模となった。