トランプ米政権、軍事圧力を外交に転化できず
国連北朝鮮制裁委員会元専門家パネル委員 古川勝久氏に聞く
中国が北朝鮮に対し石油禁輸に踏み切る可能性は。
米国は既に中国政府とそういう話をしていることは間違いなく、石油供給量を削減する方向で進んでいるとみられる。次の安保理決議で盛り込まれる可能性が高い制裁項目の一つだ。自動車や戦車、航空機、ミサイルにはガソリンやジェット燃料が必要であり、石油供給量の削減は北朝鮮にとっては痛いだろう。
ただ、北朝鮮はもともと天然資源が豊富な国だ。石炭でかなりの部分を代替できると思われる。また、あらゆる手段を動員して石油を密輸するだろう。北朝鮮はそれができる能力を持った国だ。石油の供給を絞れば北朝鮮は屈服すると楽観的に見ない方がいい。
加えて、気を付けるべきことが二つある。一つは、石油供給を絞れば絞るほど、北朝鮮は反発を強めていくため、軍事的緊張が高まる局面も想定しておかなければならない。
もう一つは、歴史的に見て、制裁だけである国の体制を転換させたり、大量破壊兵器を放棄させたことはない。リビアのカダフィ大佐に核開発を諦めさせた時もそうだったが、常に制裁プラス外交、あるいは制裁プラス武力行使など、制裁に加えて何かが必要だ。
制裁は相手を交渉の場に引っ張り出す環境づくりのツールだ。だが、今は制裁だけが戦略になってしまっている。新しい安保理決議が出るたびに「どうだ参ったか」と言い続けているが、北朝鮮が参ったことは一度もない。
制裁に過大な期待をかけ過ぎると、かえって問題解決を遠のかせる。制裁の目標をある程度限定し、対話と軍事的圧力をうまく組み合わせることが重要だ。
制裁を対話につなげる見通しは。
残念ながら、その見通しは非常に悪い。最大の理由は、トランプ政権に北朝鮮政策を統括する責任者がいないことだ。イラン核合意のプロセスやクリントン、ブッシュ政権の北朝鮮政策を見てみると、大統領特使など、大統領に直結した政府高官が必ずいる。だが、トランプ政権にはいない。
また、ティラーソン国務長官やマティス国防長官らがお膳立てをしても、トランプ氏が不用意なツイッター発言でぶち壊す。これが定常化してしまっている。
北朝鮮に対してもそうだ。空母を派遣して軍事的圧力を高め、中国は以前より真剣になった。北朝鮮もかなり焦った時期だと思う。ところが、その直後にトランプ氏は金正恩氏を賢いやつだと評価し、中国についても何の成果も出していないのにべた褒めし始めた。大統領の不用意な発言で、北朝鮮に対する圧力があっという間にしぼんでしまった。せっかく軍事的圧力を高めたのに、トランプ政権はそれを外交に転化することができない。
オールジャパンで圧力を
トランプ政権の人事は遅れている。
大統領の周りに外交の重鎮がいないことは致命的だ。大統領にツイッター発信はやめてくれと直接進言できる人物がいない。
国務省ではようやく副長官が決まったが、アジア太平洋担当の次官補などは決まっていない。政治任命の北朝鮮担当特使を含め、トランプ政権はまず人事を固めないと話が進まない。有能な人材がトランプ政権入りを固辞しており、人事が固まるのは秋頃になる可能性がある。
米司法省が中国・瀋陽の企業に制裁措置を講じたことは、それなりの影響があると思う。だが、問題はその先だ。人事が決まらない限り、外交が展開できない。制裁は当然進めなければならないが、制裁が功を奏し、北朝鮮が交渉を始めようと言ってきた時、米国や日本にその準備ができているのかどうか極めて心もとない。
トランプ政権の北朝鮮との交渉能力をどう見る。
トランプ政権にはキャリア外交官を除き、北朝鮮との交渉に関しては素人しかいない。キャリア外交官は大統領に進言できる立場になく、調整能力には限界がある。
これに対し、あまり知られていないが、北朝鮮は米国との来たるべき交渉に備えてさまざまな準備をしてきたようだ。非核化もテーブルに載せ、最終的な平和体制に関する交渉をさらに強い立場でやり直すために具体的に詰めてきた。北朝鮮は廃止されていた外交委員会を復活させたが、そこには20年来の交渉のプロである金桂冠第1外務次官らが入っている。
日米は今のところ、北朝鮮が非核化を受け入れない限り交渉しないとの立場だが、北朝鮮が非核化を受け入れるから交渉したいと言ってきた時、準備できているか真剣に考えなければならない。
日本政府の対応はどうか。
やらなければならないことがたくさんある。「対話と圧力」のうち、圧力については日本自身がまず足元を固めることが先決だ。
2006年まで日本は北朝鮮の対外経済活動の拠点だった。日本国内には今なお、北朝鮮のために非合法活動を含めて幇助(ほうじょ)している人たちがいる。
北朝鮮の科学技術力強化のために尽くすと明言している組織は、核・ミサイルにも転用可能な汎用(はんよう)技術や製品に関する情報を収集している。彼らの大半は日本国籍、韓国籍だ。国連安保理決議ではこういう人たちにも制裁措置が適用されなければならないが、法律的にはかなり厄介で、憲法が保障する職業選択の自由などに抵触する可能性がある。
本当ならもっと抜本的に対策を講じなければならないはずだ。中国の決議不履行を人ごとと見るのではなく、日本も安保理決議をしっかり履行するために必要な法改正、新規立法、実務レベルでの法律の運用をやらないといけない。
外務省主導の体制でこれを実行するのは無理だ。外務省は政策官庁であり、制裁の実務は管轄外だ。内閣官房に北朝鮮制裁の対策本部を立ち上げて、オールジャパンの体制をつくり上げるべきだ。
対話に関しては、今は北朝鮮と交渉するタイミングではないものの、外交チャンネルは開かないといけない。軍事的緊張が高まった時、偶発的事故は避けなければならない。
制裁の圧力の実効性を高めつつ、北朝鮮が外交交渉に乗り出してくるタイミングをどうつくり出すか。そのタイミングが来た時に、どういう戦略で外交交渉をしていくのか。こうした具体的なことについて日米は協議していかなければならない。そこに韓国を加え、中国にも働き掛けていく。制裁と対話という相矛盾する話を、タイミングをかみ合わせながら進めていくのはかなり難しい。だが、それをしなければならない。
(聞き手=編集委員・早川俊行)