各国の履行状況、イラン問題に比べ切迫感薄く

北朝鮮 制裁の現実(3)

国連北朝鮮制裁委員会元専門家パネル委員 古川勝久氏に聞く

各国は国連安保理決議に基づく北朝鮮制裁をどの程度履行しているのか。
 安保理決議は基本的にザル扱いで、ほとんどの国が人ごとだと思っている。国連の制裁措置は増える一方で、各国の官僚機構はこれについていけていない。日本ですら立法措置が進まない状況の中で、開発途上国はなおさらだ。制裁を具体的に実施する能力の増強支援をやらなければならない。

国連安全保障理事会

2日、7回目となる北朝鮮制裁決議を全会一致で採択した国連安全保障理事会(国連提供)

 特に重要なのは、人の動きを封じ込めることだ。制裁対象の北朝鮮人は生年月日やパスポート番号、名前を簡単に変えられる。写真や指紋など生体認証情報をインターポールを中心に集約し、各国が共有する。つまり、テロ対策と同じことを北朝鮮の制裁対象者にもやるのだ。ここがうまく進んでいない。

イスラム過激派テロリストの移動を監視するのと同じことを制裁対象の北朝鮮人にもやるということか。

 できないとおかしい。これが重要だという認識が世界的に乏しすぎる。欧州もテロ対策、イラン核問題と比べ、北朝鮮は遠い地域の話という感覚だ。

 だが、各国に理解してもらわないといけないのは、北朝鮮問題はかなり深刻な段階に入っていることだ。ハンドルの操作を間違えたら戦争になりかねない。朝鮮半島で武力紛争が起き、ソウルが攻撃されたら、第2次アジア経済危機どころの騒ぎではない。

イラン核問題に比べ、北朝鮮問題に対する国際社会の関心が低いのはなぜか。

 幾つか原因がある。一つは、中東は原油の供給地であるため、地域の安定が重要と認識されているためだ。

 ただ、アジアについても同じことがいえる。朝鮮半島の安定はアジア経済の安定に欠かせない。朝鮮半島で武力衝突が起きてアジア経済が崩壊したら、世界経済に甚大な影響が出る。本来であれば、中東と同じくらいのウエートが置かれるべき問題なのに、その認識がない。

 また、北朝鮮は外貨収入源として兵器やその部品、メンテナンスサービスを提供しており、中東・アフリカの国々が顧客になっている。彼らはスカッドミサイルやT50戦車など旧ソ連製の兵器を保有しているが、旧式すぎてロシアも補修維持サービスを提供していない。これらの旧式兵器をメンテナンスできる唯一の国が北朝鮮だ。

 私はかつてスカッドミサイルを解体したことがあるが、複雑すぎて元に戻せなかった。あれを手入れするには、相当な熟練工でないとできない。

 アラブ首長国連邦は以前、北朝鮮を通じてリビアの反政府勢力に大量の武器を流したようだ。リビアは国連の制裁対象になっていたため、本来なら武器提供はできないが、足が付かないように北朝鮮を利用した。

 このように北朝鮮は、混沌(こんとん)とした地域で便利な武器供給源とみられてきた。このため、中東・アフリカの国々は北朝鮮制裁にあまり関わりたくないのかもしれない。

東南アジアで暗躍する北

東南アジア諸国の対応はどうか。

 極めていいかげんだ。特にマレーシアは金正男氏暗殺事件があったにもかかわらず、何事もなかったかのようだ。

 私が国連にいた時、マレーシアにある北朝鮮のフロント企業のネットワークを一部解明したが、全体像は見えなかった。マレーシア政府は当初、我々の捜査に協力的だったが、途中から完全に拒否した。タイも同じだ。ミャンマーも分からなかった。

 東南アジア諸国は自国内に北朝鮮人が何人いて、どの企業で働いているか、情報を提供すべきだ。だが、どの国も黙ったままだ。

 北朝鮮と貿易するマレーシアの中小企業のオーナーたちに聞いた話では、クアラルンプールには北朝鮮のビジネスマンが100人くらいいて、地元企業に雇われているというのだ。東南アジアには北朝鮮がさまざまなものを調達し、資金洗浄する拠点が多数ある。

 結局はガバナンスの問題だ。犯罪の取り締まりができない東南アジア諸国が経済共同体を目指しても、犯罪の温床になるだけだ。

東南アジア諸国は北朝鮮との関係から何か利益を得ているのか。

 国家としての利益なのか、あるいは90年代の日本にあった北朝鮮利益のような一部の政治権益なのか、どちらかよく分からない。ただ、北朝鮮人がマレーシア国内でつくったフロント企業は、その立ち上げに必ず地元の政治的有力者が関わっている。何か政治的な既得権益の存在を感じざるを得ない。根底に政治的癒着構造があるのかもしれない。

(聞き手=編集委員・早川俊行)