決議違反のロシア、国際核機関に北の研究者

北朝鮮 制裁の現実(4)

国連北朝鮮制裁委員会元専門家パネル委員 古川勝久氏に聞く

ロシアによる北朝鮮制裁の履行状況は。

古川勝久氏

古川勝久氏

 非常に懸念される。国連制裁対象に指定されてきた複数の北朝鮮企業・団体が、かつてロシア国内に代表者を配置したり、拠点を築いていたことが確認されている。

 例えば、2013年7月、パナマが拿捕(だほ)した北朝鮮貨物船チョンチョンガン号は、キューバから北朝鮮に向けて大量の通常兵器を密輸していた。この貨物船の運航会社は、当時、北朝鮮最大手の海運企業オーシャン・マリタイム・マネジメント社(OMM)だった。国連専門家パネルは捜査の結果、この密輸の指示を出していたのが、OMMのウラジオストク駐在代表者だったことを突き止めたが、ロシア政府はこれを全面否定し、情報を全く提供しなかった。

 その後、OMMの貨物船が頻繁にロシアに寄港していたため、国連専門家パネルからロシア政府に捜査協力を要請したが、貨物船の寄港を全く止めようとしなかった。しかし、16年3月採択の安保理決議で、米国がこれらを含むOMM貨物船の制裁対象指定を提案すると、ロシアはあっさりと受け入れている。

 13年3月に国連制裁対象になった北朝鮮の大手工作機械メーカー、リョンハ機械は、ロシア国内に同国企業とともに合弁企業を設立・運営していた。この実態についても、ロシア政府による協力がなかったため、ほとんど解明できなかった。

 北朝鮮のインテリジェンス機関である偵察総局が、対外活動拠点をロシア国内に有しているとの情報が他の国連加盟国からもたらされた。実際、フランス政府が偵察総局の工作員として単独制裁した北朝鮮人の中には、欧州からロシアへ渡航していた人物が確認できたが、ロシア政府の捜査協力拒否により足取りは全くたどれなかった。

ロシアが北朝鮮による重大な国連制裁違反に関わった事例は。

 北朝鮮の地対空ミサイルKN―06の移動式発射台と関連のレーダー資機材搭載車は「太白山96」という車両だ。これはロシアの大手軍事車両メーカーのKAMAZ社が、北朝鮮国内に同国企業と設立した合弁企業が製造した民生用車両だった。

 ロシアの軍事企業が製造した民生目的の車両を北朝鮮が軍事転用するリスクを、ロシアは全く気にしていなかったか、意図的に無視していたもようだ。しかも、合弁した北朝鮮企業に関する公開情報は無く、国連制裁対象の北朝鮮軍事企業リョンボン総会社の子会社かそのフロント企業と考えられている。

 今年4月に平壌で行われた軍事パレードに登場した最新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)の搭載車両も、「太白山」のブランド名を用いており、KAMAZ社の車両と類似している。この車両も含め、他のロシア製車両のデザインや技術、製品、関連部品などが北朝鮮に軍事利用されていないか、懸念される。

 少なくとも15年初頭まで、ロシア国内にある国際原子力研究機関「ドゥブナ合同核研究所」に複数の北朝鮮人研究者が留学していた。この国際機関のメンバー国には北朝鮮も含まれており、既に国連制裁対象になっていた李済善原子力産業相が北朝鮮代表団の代表を務めていた。

 ロシア政府もドゥブナ合同核研究所も「研究所は基礎研究を行う組織であり、核兵器の研究をしているわけではないので問題ない」と開き直っていた。しかし、そもそも国連制裁では、北朝鮮は「あらゆる核関連活動」を禁止されており、これも明らかな国連決議違反だった。

首相は露大統領に懸念伝えよ

このような重大な事案についても捜査できないのか。

 国連専門家パネルがロシア政府に捜査協力要請で公式照会をかけても、「質問の数が多過ぎる」とか「国連が提示する証拠に納得できない」などの言い掛かりをつけるだけで、ほとんど協力しなかった。そればかりか、時には国連専門家パネルメンバーとしての任期更新を拒否するかのような脅迫めいた対応さえ受けた。このため、ロシア国内で北朝鮮が何をしていたのか、ほとんど情報が取れない。中国以上にロシアは捜査が困難だ。

 中国同様、ロシア国内でも法による支配体制が脆弱(ぜいじゃく)な上、汚職も蔓延(まんえん)しているようであり、ロシア政府の意向いかんにかかわらず、北朝鮮が活動しやすい環境があるようだ。この点も深刻な懸念だ。

ロシアと北朝鮮の経済関係は。

 ロシアの北朝鮮に対する姿勢は、国連制裁に違反しない限り、利益の出るビジネスは臆せずどんどん行う、というものだ。ロシアは北朝鮮制裁に関して、「あくまでも国連安保理が決めた最低限のことだけやる」というミニマリスト的なアプローチを取っている。しかも、カネになるのであれば、輸出品や技術などが北朝鮮に軍事転用されかねないリスクをあえて無視して商売を続けている。

 従って、ロシアには、北朝鮮に経済的圧力をかけるべきだとの姿勢は全く見受けられないどころか、おそらく反対しているのではないか。特に今年に入ってから、中国と北朝鮮の関係が緊張化するにつれ、北朝鮮はロシアとの経済関係の強化に務めているように見える。北朝鮮は合法取引の中に非合法取引を隠蔽(いんぺい)するプロであるため、ロシアとの取引が拡大すれば、北朝鮮にとっては非合法取引のチャンスも増えかねない。

 北朝鮮とロシアとの間には、複数のタンカー船などが頻繁に往来している。また、定期航路が開設された万景峰号についても、貨物スペースが大きくなっている。ウラジオストクとの間で、非合法貨物の輸送や国連制裁対象の人物の往来に利用される懸念がある。

ロシアは北朝鮮の核・ミサイル開発を深刻に受け止めていないのか。

 さほど真剣には考えていない。むしろロシアは北朝鮮問題をシリアやクリミア半島併合などさまざまな外交・安保課題における対米交渉カードとして位置付けているようでもあり、米主導の「対話と圧力」のバランスを巧妙に崩す方向で動くこともいとわない可能性を想定しておくべきだろう。

 日本政府には、プーチン政権に対し北朝鮮問題でより一層強い働き掛けをする役割が期待される。ロシア政府には高い期待は全くできないが、懸念事項をできるだけ具体的に安倍首相からプーチン大統領に直接伝達することが重要だ。

(聞き手=編集委員・早川俊行)

=終わり=