北朝鮮 制裁の現実 中国の圧力 本物でない
国連北朝鮮制裁委員会元専門家パネル委員 古川勝久氏に聞く
国連安全保障理事会が7回目となる北朝鮮制裁決議を採択したが、制裁は本当に機能しているのか。制裁決議の実効性を高めるには何が必要なのか。昨年4月まで国連安保理北朝鮮制裁委員会の専門家パネル委員として、加盟国による制裁の履行状況を監視した古川勝久氏に聞いた。(聞き手=編集委員・早川俊行)
自国企業に明確に伝達せず
実務レベルで徹底後押しを
中国が北朝鮮の石炭輸入を停止したが、中国の圧力は本物か。

ふるかわ・かつひさ氏 1966年生まれ。慶応大経済学部卒。米ハーバード大ケネディ行政大学院で修士号、政策研究大学院大で博士号を取得。米シンクタンク勤務などを経て、2011~16年まで国連安保理北朝鮮制裁委員会の専門家パネル委員。
以前に比べれば真剣になっているが、まだ本物ではない。中国政府がしなければならないのは、北朝鮮に圧力をかけることよりも、自国の企業やビジネスマンに対し、国連安保理制裁決議を無視して北朝鮮と取引をすれば甚大なビジネスコストを被るという明確なメッセージを発することだ。それをしない限り、北朝鮮との非合法取引を止(や)めさせる抑止にはならない。
トランプ米政権は、中国政府が北朝鮮と取引のある中国企業を取り締まらなければ、これらの企業に制裁を科す意向だといわれている。こうした「第三国制裁」は中国を動かす手段となり得るか。
なると思う。できるだけ早くやることが重要だ。米司法省は今月15日、中国・瀋陽にある朝鮮貿易銀行のフロント企業を提訴したが、あれが手始めになるだろう。
2015年のイラン核合意に至る過程で、米国はイランとビジネスをしていた中国の金融機関に単独制裁を科し、中国政府を動かした。制裁対象になったのは、大規模ではなく中規模の金融機関だったが、中国政府は自国の銀行が国際金融システムから締め出され、倒産してしまうのを恐れ、米国の要求に応じてイラン制裁の動きに乗った。
米国はなぜ、同じことを北朝鮮と非合法な経済関係を続ける中国の金融機関にもしてこなかったのか。これをすれば、中国政府が動き、北朝鮮との取引は危険だというメッセージが中国の金融機関に一斉に伝わる。すると、各金融機関は自分たちの顧客の企業が懸念される金融取引を行っていないかチェックするようになる。
その意味でも米国による制裁は重要だ。できれば、米国だけでなく日本や欧州連合も加わり、中国に明確なメッセージを出すことが望ましい。
中国は北朝鮮と取引する企業を取り締まるだろうか。
中国政府がやる気になっても、地方政府や企業が言うことを聞かなければ意味がない。中国は複雑で、習近平国家主席がやれと言ったらすべてが進むほど単純ではない。そもそも北朝鮮は非合法取引を合法取引の中に隠す天才だ。これを見抜くのは大変難しく、中国はその能力が劣っている。
中国外務省は安保理決議をある程度は理解しているが、制裁を実際に国内で履行するためのツールや法律についてはほとんど分かっていない。逆に、そういうことを知っている官庁は安保理決議のことを知らない。また、中朝国境付近には安保理決議や法律自体をあまり重視しない行政当局や企業がたくさんある。
中国が制裁をしっかり履行できる状況になるにはまだまだ時間がかかる。制裁は貿易、海運、金融などさまざまな専門分野が関わっており、複雑だ。
米国や日本は中国に外交的圧力をかけているが、外交当局レベルでいつまでも話が続いているだけでは駄目だ。実務レベルで中国の地方行政当局や金融機関にこれはやってはいけないと教えていく能力増強支援も絶対に必要だ。
北の資金源潰す金融制裁急げ
そもそも中国には制裁を履行する意思があるのか。
13年に金正恩氏の叔父、張成沢氏が処刑されてからは、国連でも中国の北朝鮮に対する姿勢に変化が見えてきた。以前は北朝鮮を懸命に守っていたが、張氏の処刑以降は、北朝鮮を守るよりも中国の国営企業などが安保理決議違反のそしりを受けるのを阻止することに必死になっていた。
また、金正恩体制になってからのトレンドだが、中国が安保理制裁決議に同意した時の北朝鮮の反発が強くなっている。特に昨年以降、制裁を強化すればするほど、北朝鮮は核・ミサイル能力の実験をスピードアップさせている。北朝鮮メディアからは中国を脅すような言動が出ており、これは明確な北朝鮮による反発行為だ。中国としても、北朝鮮に対するレバレッジ(影響力)が以前より薄まっているとの認識があるのではないか。
その意味で、制裁の履行は中国の国益でもあるとの理解は一定程度出てきたと思う。ただ、どの官庁が何をしなければならないのかという実務レベルにまで政治的意思が貫かれる段階には至っていない。われわれはそこをもっとプッシュしなければならない。
米国が05年にマカオの金融機関バンコ・デルタ・アジア(BDA)を取引禁止対象に指定したことは北朝鮮に大きな打撃を与えた。このような効果的な金融制裁を再び講じられないものか。
米司法省が15日に制裁を科した瀋陽の企業は、朝鮮貿易銀行のための金融取引、マネーロンダリングを行っていた。表向きは企業だが、実態は金融機関だった。それを取り締まったのが今回の措置だ。BDAほどの規模ではないが、インパクトのある制裁になるかどうか見守る必要がある。
BDAの口座にはまとまった北朝鮮の資金がプールされていたため、それを押さえたことは北朝鮮に打撃になった。今は北朝鮮も資金を分散させていると思われる。従って、もっと幅広く中国の金融機関や銀行業務をしている企業を制裁対象にしていかなければならない。1発でBDAのようなインパクトはなくても、10発、20発、30発で北朝鮮の非合法活動の資金源を潰(つぶ)していく努力が必要で、それが急がれる。