欧州には約1200人の脱北者

元北朝鮮人民軍第5部隊小隊指揮官 金主日氏に聞く

 元北朝鮮人民軍第5部隊の小隊指揮官金主日氏(43)は5日、ウィーン市内で本紙とのインタビューに応じた。咸鏡北道吉州郡出身の金氏は2005年8月、脱北した。現在は英ロンドンのニューモルデンに住み、「フリーNKニュースペーパー」を設立し、母国・北朝鮮の民主化実現のために奮闘している。同氏は13年5月、英国の永住権を獲得。現在は人権と民主主義のための「国際脱北者協会」(INKAHRD)の事務局長を務める。(聞き手=ウィーン・小川敏、写真も)

金主日氏

インタビューに応える金主日氏=5日、ウィーンで

 金氏は05年8月、豆満江を泳いで中国側に渡った。脱北するという明確な意識はその時はなかったという。「中国からわが国を一度見てみたかった。その結果、はっきりしたことは、わが国は天国ではないということだ。中国の方がわが国よりはるかに天国に見えた。国民はだまされていたことが分かった。そこで脱北を決意した」という。

 軍服姿の金氏は昼間は身を隠し、夜に移動した。北京の韓国大使館に逃げ込もうと考えたが、接近するのが困難であると分かった。早く移動した方が無難だと言われたので、ベトナムに逃げ、そこからカンボジアに渡り、タイに入った。そこで非政府組織(NGO)の関係者から中国の偽造旅券を入手して英国に飛んだという。

 欧州には現在約1200人の脱北者が住んでいる。英国には約700人の脱北者がいる。「脱北者の数では英国は韓国に次いで多い」という。

 なぜ、脱北者は英国に逃げるかについて金氏は「英国は政治的、社会的に民主主義が完全に定着し、人権は守られている。その上、英国は米国、韓国、日本とは違い北の直接の敵ではないから、北当局も脱北者の親族関係者にあまり厳しい弾圧をしない。もちろん、脱北者はそれぞれ事情や背景が異なる。韓国に亡命した脱北者の中には韓国社会に順応できずに苦しむ者が多いと聞く」と語った。

 金氏によると、北朝鮮では1990年代半ばから2000年にかけ、国民は飢餓に苦しんだが、国民だけではなく、軍の兵士も同様だった。だから、兵士の中には飢餓で死ぬより脱北の道を選ぶ者が出てきたという。

 人民軍の現状については「武器の近代化が叫ばれていたが、兵士たちもオイルが必要なので、戦車からオイルを抜き取り、その代わりに水を注入するといった具合だった」と証言し、人民軍の現状は悲惨だと指摘した。

 「北朝鮮の国民は3代の独裁者によって完全に洗脳されている。われわれの生活が厳しく、食糧、エネルギー不足に悩まされるのは米韓日や国際社会の弾圧のためだと教えられてきた。だから、独裁者を批判する声はほとんどない。反体制派グループは存在せず、軍クーデターはわが国では目下、考えられない」

北朝鮮は核開発を放棄しない

 金氏は「北朝鮮の国民に世界の本当の姿を教え、国内の事情を正しく見詰めることができるように啓蒙(けいもう)活動を進めていけば、北でも反体制活動が生まれてくるだろう」と強調した。

 金正恩党委員長は先月、36年ぶりに開催された第7回党大会で核開発の継続と国民経済の発展を同時推進する「並進路線」を提示したが、金主日氏は「並進路線は新しい路線ではない。金正恩は祖父、金日成時代の路線を真似(まね)ている。北朝鮮は当時、韓国より経済が発展していたから並進路線は可能だったが、国力の衰弱した現在は不可能だ」と指摘する。

 北の非核化については「金正恩は絶対に核開発を放棄しない。核兵器を放棄すれば、北は全くの無防備となって生存できなくなると信じているからだ」と強調し、米韓日が要求する非核化は目下、非現実的だと断言した。

 北朝鮮が核実験と弾道ミサイル発射を実施したことに対し、国際社会は対北制裁を実施中だが、金氏は「制裁の成否は中国とロシアがその制裁を忠実に実行するかに懸かっている。一方、北は欧州の多くの国々とは外交関係を樹立し、相対的に友好関係を維持してきた。その欧州連合(EU)が先月27日、対北追加制裁を決定したというニュースは北に外交的、政治的に大きな衝撃を与えている」と明らかにした。

 北朝鮮の日本人拉致事件について金主日氏は「北朝鮮にいた時、多くの日本人を目撃したことがあったが、彼らは自らを拉致犠牲者とは言わないので、通常の日本人か拉致犠牲者かの区別はできなかった」と述べるに留(とど)めた。