手腕は祖父・父より一枚上 -元韓国青瓦台外交安保首席補佐官 千英宇氏

金正恩統治10年-私はこう見る(2)

米国との非核化交渉は誤算

元韓国青瓦台外交安保首席補佐官 千英宇氏

チョン・ヨンウ 1952年、韓国慶尚南道密陽生まれ。外務省に入り、盧武鉉政権時に北朝鮮核問題をめぐる6カ国協議の韓国首席代表を務める。駐英大使などを経て2010年10月から13年2月まで青瓦台外交安保首席補佐官。

 青瓦台で大統領補佐官をしていた時に金正恩氏が後継者となったが、正恩氏についてあまり分からなかったため、正確な判断ができなかった。権力継承過程がスムーズにいかない可能性も念頭に置いていた。

 北朝鮮の体制は一種の神政体制であるため、いかなる世俗的な統治システムとも異なる。正恩氏は祖父の金日成主席と父の金正日総書記から受け継いだ、事実上の北朝鮮オーナーであり、いわば「金日成教」の教祖であるため、若輩であってもそれだけで政治的正当性が認められる。

 本人の能力が著しく欠如していたり、国を壊滅的な方向に誤導しない限り、自分の権力固持に対する確固たる信念さえあれば、後継者としての資質に問題はない。だが、もしかしたら周辺で、正恩氏の経験不足や基盤が弱いことを悪用し、側近たちが自分の権力を強化する出来事も起こり得ると予想した。

 だが、思った以上に権力継承はスムーズで、多くの人が考えたものよりはるかに正恩氏の権力掌握力は強く、カリスマもあり、ストレスに対する耐性も優れている。

 本人は権力の本質も正確に理解しているようだ。金総書記の時代も困難が続き、正恩氏になってからも深刻な危機に直面しているが、中国を含む国際社会の制裁の中にあっても核武装を強行し、最高司令官として軍を掌握している。

 一方で、経済政策など過ちは過ちとして正直に認めつつ、神的存在である自らが責任を負うことはしない。部下に責任を転嫁してクビにすることで、住民に「正恩同志様が、無能な幹部たちを一掃してくれた」という爽快感を抱かせ、国が大変でも住民にカタルシス(精神浄化)を感じさせる。

 国内では自分への挑戦勢力が一切現れないように党・軍・政府を掌握し、党大会を5年ごとに開き、息子だから権力を継承したのではなく、正当な手続きを踏んで推戴された指導者だと宣伝している。党の組織や制度を通じ国を統治する姿を見せる、実にスマートな統治。そうすれば責任を部下に負わすことができる。統治手腕は祖父、父より一枚上手だ。

 ただ、2019年のハノイでの米朝首脳会談は、正恩氏の意図した通りにならなかった。寧辺核施設だけ解体して制裁解除を引き出そうと欲を出したためだ。寧辺だけ差し出すというのは今後も核を造り続けるという話だから、さすがにトランプ大統領もそのディールには応じなかった。

 正恩氏は、自分たちが核開発を続けるのでトランプ氏が追い込まれ、米国がより有利な条件でディールをするものと錯覚したようだ。また正恩氏としては寧辺施設以外にも他の一部核施設解体にも応じる用意があったはずだ。あたかも寧辺施設だけ解体すればトランプ氏がありがたく思うと誤解した可能性がある。

 そう錯覚、誤解させたのは韓国の文在寅大統領ではないか。だからこそ正恩氏はハノイから帰国すると「南朝鮮(韓国)はもう相手にしない」「(米朝仲介の)おせっかいはもうやめろ」と言うようになったのだ。

 最近、文大統領が国連で提案した終戦宣言について正恩氏の妹、与正氏が一転して融和的な態度を示したが、自分たちは核・ミサイルを高度化する一方で、韓国には戦力増強や米国との合同軍事演習をさせないために巧妙に悪用しようというものだろう。

 バイデン米政権に対し正恩氏は今、自分が譲歩する前に米国側が北朝鮮の核技術向上に焦りを感じ、自分が受け入れられるディールを提案してくるのを待っていると思う。今はコロナで国境封鎖が続き、交渉しに出掛けることもできない。時間をかけて米国の出方を見極めているのではないか。(談)


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