米国が変える欧州統合の姿

アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき

加瀬 みき臨機応変の協力体制へ
一律的深化はもはや不可能

 欧州はトランプ米大統領の外交安全保障への姿勢、特にロシアとの関係の不透明さ、自由民主主義や言論の自由を尊重しない発言に深い衝撃を受けている。アメリカとの関係、欧州統合の在り方が大きく変わるかもしれない。

 約60年前にもアメリカと主要同盟国の関係を決定的に変える出来事があった。

 1956年10月、英国とフランスは、アメリカの反対を十分承知の上でイスラエルと組み、エジプトを攻撃した。エジプトのナセル大統領が国有化したスエズ運河奪回が目的であったが、米アイゼンハワー政権の経済的圧力、ソ連の脅し、国連の決議に屈し、フランスと英国はみじめな撤退を余儀なくされ、両国が長年中東地域に築いてきた足場が大きく崩れた。

 アメリカは、英仏がエジプト攻撃を開始すると戦後経済難から立ち直っていない英国に経済的圧力をかけ、国連緊急特別総会にて即時停戦を求める決議を提案、ソ連も同意した。英仏は、いざ攻撃を開始すれば反対はしないと踏んでいた同盟国アメリカに裏切られたと感じ、さらには米国が提案した決議にソ連が賛同し、米ソが一致して英仏に反対したことに衝撃を受けた。そればかりか、エジプトへの影響力を強化しようとしていたソ連は、3カ国によるエジプト攻撃に対し、ロンドンとパリへ核使用の脅しをかけたが、それに対しアメリカが絶対的に同盟国を守るという姿勢が確認されるまでに、英仏から見ると、あまりにも時間がかかった。

 スエズ動乱は英仏両国に冷たい現実を知らしめた。西側同盟の指導国としてのアメリカが同盟国の味方をする、さらにはソ連の脅威に対し即刻同盟国の防衛を鮮明にする、と盲目的に信じてはならない、ということである。この経験は英仏のアメリカとのその後の関係、そして英仏関係にも決定的な影響を及ぼした。

 英国は二度とアメリカの支援なしに行動しないことを誓い、フランスには逆にアメリカへの不信の芽が植え付けられ、アメリカに頼ることなく独自の道を歩む決意をした。そしてアメリカとの関係強化に力を入れることを選択した英国との間に大きな溝が生まれた。

 フランスはそれまで迷っていた自国の核兵器開発の道を選択し、西ドイツのアデナウアー首相からの再々の提案にもかかわらず迷っていた欧州統合へ向け動きだした。翌年の春には欧州連合(EU)の前身である欧州経済共同体(EEC)設立に向けた条約が調印され、フランスの独立性を唱えるドゴールが58年には首相、翌年から10年間大統領となった。

 第2次世界大戦で荒廃した欧州は、アメリカの経済支援ばかりでなく、同盟国をソ連から守る防衛体制に深い信頼を置いていた。しかし、スエズ動乱によりそれが壊れた。アイゼンハワーは大統領になる直前は北大西洋条約機構(NATO)の初代欧州連合軍最高司令官(SACEUR)であった。

 確かに英国とフランスはアメリカが同盟国を支えると甘い計算をしたかもしれない。しかし、第2次世界大戦の連合軍最高司令官として欧州を解放し、またSACEURとして欧州に親しみの深かったアイゼンハワーですら、衰えたとはいえ英国やフランスという旧帝国が中東やアジアで蓄積した知識や経験、人的ネットワーク、両国が地域にもたらしていた秩序の価値を理解していなかった。

 欧州は今また決断の時を迎えている。英国には再び裏切られた。EU離脱を選択し、独自にアメリカとの自由貿易協定を結ぼうとしている。アメリカの新大統領は、英国の選択を絶賛するばかりか、バノン戦略顧問が社長を務めていたブレイバート・ニュースは欧州内の反EU政党を支援している。

 トルーマン政権に始まり、これまでのアメリカは強い欧州を築くために欧州統合を支援してきた。そもそも嫌がる英国も含め欧州各国が妥協し合い協力することを最初に強いたのは欧州復興のためのマーシャル計画であった。EUはたくさんの問題も抱える。しかしドイツを中心に豊かな、そして戦争のない大陸となり、旧東欧諸国の市場経済化、民主化に大いに貢献した。

 ところがトランプ政権はEUの実質的指導者であるメルケル独首相やEUを批判し、明らかにその分裂を期待している。

 トゥスクEU大統領は加盟国(あえて英国は外されていた)への書簡の中で、アメリカの新政権は、中国、ロシア、戦争やテロ、中東やアフリカにみられるアナーキーと同等の脅威であると記した。

 ロシアに関する著書でピュリツァー賞を受賞しているアン・アップルバウムは、欧州はこれまでは口先ばかりであったが、今度こそ独自の安全保障体制を築くべきだと提案している。EU加盟国に限定せず、英、仏、独などが中心となって一方でテロ、他方でロシアからのハイブリッド攻撃に対応するのを目的とし、アメリカの欧州防衛体制が失われる可能性に備える。

 欧州はアメリカにより再び進化を迫られている。頑(かたく)なで一律な統合深化はもはや不可能であるが、皮肉なことにアングロサクソン的な、より臨機応変で頑ななルールにとらわれず、強みを集結する協力体制に向けて進まざるを得なくなっている。

(かせ・みき)