新たな防衛の理念検討を

杉山 蕃元統幕議長 杉山 蕃

米軍事力に過大に依存
予断許さぬ周辺情勢の変化

 トランプ米大統領と安倍晋三首相の首脳会談が行われた。これは米英首脳会談に次ぐ早期の会談で世界中の注目を集めた。選挙戦を通じて各分野で過激な持論を展開した新大統領であるが、大変な友好的雰囲気、丁重な接遇を印象付ける日程を終了し、米国大統領にふさわしい振る舞い、対応を披露したのは誠に結構であったと感じている。会談は、日米同盟の再確認・さらなる深化という観点から国際的に耳目を集め、その姿勢を世界に示したことで、「順調な滑り出し」という印象を与えた成果は満足すべきものであったと推察する。合意の内容的には、安全保障面において、従来路線の再確認、経済・貿易面では、副大統領・副首相間の協議機構を設け今後検討協議するというものであったが、若干の所見を披露したい。

 日米同盟については「アジア太平洋地域の礎」として重要性を再確認しさらなる深化への努力を謳(うた)い、両国間の基本姿勢に変化がないことを公表した。この基本姿勢に基づき、共同記者会見では、我が国にとって懸案である「尖閣問題」につき、従来より突っ込んだ表現で「日米安保第5条の適用」を明言した。さらに「駐留米軍に対する諸施策に感謝」「普天間基地の全面返還は、辺野古への移転が唯一の解決策」「北朝鮮の核・ミサイル開発の放棄要求」等に言及、当面の課題について明快な態度を示したことは、我が国にとって、満足すべき成果であったと言える。大統領就任前には、日米安保の片務性、日韓の核武装認可、駐留経費の支出の増額等刺激的な発言を行っていたことを思えば、なおさらである。半面、経済・通商・為替等経済をめぐる協議については、かなりの譲歩を迫るものとみられ、今後の展開は予断を許さないと言えよう。

 トランプ陣営の出方は、日本のみではなく中国に対しても同様である。就任前には巨大な対中貿易赤字を非難し、為替・通商面の要求に応じなければ「一つの中国」原則を見直すという強烈なブラフを浴びせ、折から滞米中の台湾蔡総統と電話会談に及んだ。その後の接触、経緯は不明であるが先日の習近平主席との電話会談では「一つの中国」原則を尊重すると発言し局面を落ち着かせる策に出ている。しかし直後、空母カール・ビンソンを南シナ海に派遣する等硬軟取り混ぜた手段を講じていることが注目される。

 トランプ発言の鋭さに一時はたじろいだ我が国であるが、冷静に考えると、戦後72年、日米安保成立から67年、種々の荒波を経験してきた我が国の防衛政策は、着実な歩みを進めてきたと言えるだろう。特に冷戦崩壊後の不透明な情勢下、国際平和維持活動、国際緊急援助活動等任務の多様化を図り、国際的評価を受けていることは、大きな進展である。しかし他方、不安定な中東情勢、我が国周辺にあっては中国の異常な軍拡と領海拡大の動き、北朝鮮の核・ミサイル開発等大きな変化が生じており、我が国の防衛体制に関し振り返り、新しい理念を検討していく時期に来ていることを痛感する。そのような観点からは、トランプ氏の投げ掛けた「率直な発言」を良き機会と捉えるべきなのであろう。

 概して言うならば戦後の我が国防衛体制の基本は「軍国主義」と決別し平和国家としての道を選択することにあった。これは戦勝国である米国をはじめとする連合国、周辺諸国においても歓迎すべき方向であり、現在に至るもその方向に変わりはない。そして長い時の流れ、自衛隊の国内における諸活動、国連平和維持活動(PKO)等海外任務における活動を通じ、「平和国家」としてのイメージは国際的に定着していると考えてよい。

 国内においても、武力をもって他国を侵害したり、紛争解決に交戦権を発揮すべきだといった考えを持つものはほとんど皆無と言ってよいだろう。このように軍事的野心を持たない我が国としては如何(いか)なる防衛体制が我が国の安全を確保し、地域の安定をもたらし、周辺の不測事態に有効に対応できるかという諸点が基本であることは当然である。

 現今の防衛体制は、抜きんでた軍事力を保有する米国との同盟が存続、米軍が駐留し基地が健在する限り「日本防衛作戦」に敗戦のシナリオはない。さらに、「日米防衛協力の指針」「日米共同作戦計画作業」「日米共同演習」等の積み重ねにより、軍事同盟としての効力は堅確なものがある。このような状況下防衛体制の基準となってきたのは、米国との協同を効果的に行う装備の高質性、相互運用性といった質的な観点と、紛争を未然に防止する量的戦力、即応体制、あるいは軍事的圧迫、恫喝(どうかつ)に毅然(きぜん)と対応できる能力といった観点でありその総合的な結論として現在の防衛力がある。それは米軍事力への過大な依存と言えるのかもしれない。

 しかし、今般の情勢は、中国の海軍の空母建造を主体とする異常な拡張、周辺における刺激的動向、北朝鮮核・ミサイル開発の確実な進展といった大きな変化があり予断を許さぬものがある。日米安保体制は今後とも変わらぬ重要性を持つことは当然であるが、新しい時代の展開を見据え、如何なる理念をもってこの地域の安定を創造していくかという観点から、我が防衛体制の在り方を真剣に論議していくことが肝要である。

(すぎやま・しげる)