核政策で選択迫られるドイツ

小林 宏晨日本大学名誉教授 小林 宏晨

抑止力強化求める中欧
国連は禁止条約採択目指す

 東西対決(冷戦)の終焉(しゅうえん)以降の十数年、国際共同体(国連)は、核兵器の役割評価において現在ほど分裂していなかった。現在国連では、核兵器禁止条約成立交渉について争われている。同時にロシアのウクライナ侵略とロシアによる核の恫喝(どうかつ)は北大西洋条約機構(NATO)における核抑止の再評価に関する新たな論議を引き起した。両論議(核禁止条約と核抑止)は、非核保有国ドイツにとって極めて難解な問題である。何故なら、ドイツがこれまで積み重ねてきた核軍縮・軍備管理を軽視する結果となりかねないからだ。ドイツは核抑止と核禁止に関する自前の明確な態度決定が求められている。

 2015年12月7日、138カ国が国連総会で16年から核軍縮のさらなる進展について審議すべき専門調査委員会の設置に賛同した。この「核軍縮に関する制限無き専門調査委員会」(OEWG)は、核なき世界の目標に接近するために、具体的法的措置、手続きおよび規範を扱うべきとされた。

 なかんずくブラジル、アイルランドおよびオーストリア主導の決議案は強く批判された。とりわけ多くのNATOメンバー諸国は、この専門調査委員会による核兵器禁止条約の採択を恐れた。NATO核保有3国、アメリカ、イギリスおよびフランスとほぼ全ての中欧NATO諸国はこの国連総会決議に反対票を投じた。これに対しドイツを含む全ての古いNATOメンバー諸国は、棄権した。

 さらに16年10月27日、国連総会第1委員会(軍縮)は、「核兵器禁止条約」の交渉を17年に開始すると定めた決議案を賛成多数で採択した。採決では123カ国が賛成し、日本およびNATO諸国を含めた38カ国が反対し、中国、インドおよびパキスタンを含めた16カ国が棄権した。

 最近の2年間の軍縮論議は、人道的イニシアチブによって支配されている。ウィーンにおける14年12月の会議には核保有2カ国アメリカおよびイギリスを含む150以上の諸国が参加し、ほとんどの参加諸国は、核兵器の人道的帰結に対する憂慮から、この包括的追放を導きだした。ウィーン会議のホスト国オーストリアは、核拡散禁止条約における核禁止条項の欠落が法的欠缺(けんけつ)であると主張した。しかしNATOのメンバー諸国の一国も、この呼び掛けには署名しなかった。

 しかも通常軍備管理交渉では不可欠な(拒否権付き)合意規定は、OEWGでは適用されていない。核保有諸国は厳しい批判を行い、ジュネーブ会議には参加しなかった。拒否権無しでは会議を統制できないと考えたからだ。ドイツの現在の見解は、核保有諸国が交渉に参加する場合にのみ核兵器禁止諸条約に関する交渉の意味があるということである。

 国連で核なき世界についての論議が行われている一方でウクライナ紛争はいったいどの程度、核兵器がロシアのNATOに対する侵略の抑止に寄与でき、しかも寄与すべきかについての論議を引き起こした。

 今日ではNATO中欧メンバー諸国は、ロシアに対する核抑止手段のより顕在的提示を要求している。つまり可能な核投入の具体的シナリオを含めたかつての核抑止政策の復活がこれだ。考えられ得る改善策としては、通常戦力と核戦力のより強い結び付けを防衛計画の中に取り入れ、これによって外に向けて核兵器の比重の増大を提示し、しかも核能力システムを軍事演習に取り入れ、現実に即した軍事演習の回数を増やすことが考えられよう。

 他方ロシアは、クリミア併合頃から核戦略の比重を高めており、これが、ロシアの軍事演習の中に明確に示されている。

 現在180の核兵器がベルギー、ドイツ、イタリア、オランダおよびトルコに配備されている。最近になって、ポーランドの国防副大臣が自国への核兵器配備を要求し始めた。この要求は、1997年のNATO・ロシア基本条約と相容(い)れない。なぜなら、この条約ではNATOの中・東欧メンバー諸国への核兵器配備を禁じているからだ。しかもドイツは、NATO・ロシア基本条約の解約には反対している。

 ドイツは核兵器の再評価要求の側に立つのか、あるいは核禁止条約の賛同の側に立つかの対立する期待に対応せざるを得ない。しかし前記の双方共にドイツのこれまでの核軍縮政策と相容れない結果となる。その場合ドイツはパートナー諸国や同盟諸国から孤立し、ドイツの軍備管理政策の信憑性が毀損(きそん)される危険に晒(さら)される。しかも核抑止それ自体を疑問に付す核禁止条約が「核同盟」としてのNATOの役割に対する矛盾を意味することは明白である。OEWGへの積極的参加はリスクを伴う。多数決原理はOEWGの終結報告が反対意見を適切に反映しない危険を内包している。

 アメリカでの可能な核政策的諸原則の修正は2016年11月のアメリカ大統領選挙からして、早くとも17年半ば以前には完成しない。それまでにはいまだ十分な時間的余裕がある。それまでにまず検討すべき事項は、なかんずく総合安全保障政策構想の中における核兵器の役割、核兵器禁止条約の是非、核保有国と非核保有国間の関係調整等であろう。ドイツの置かれている状況は、非核保有国たる日本にとっても人ごとではない。

(こばやし・ひろあき)