NATO首脳会議の焦点、 狙われるバルト3国の一角

「ハイブリッド戦争」の脅威(上)

日本安全保障・危機管理学会主任研究員 新田容子氏に聞く

 ロシアの仕掛ける「ハイブリッド戦争」、中でもサイバー攻撃への対策が北大西洋条約機構(NATO)の懸案となっている。7月の首脳会議後、9月中旬に行われるNATOの会議でハイブリッド戦争についてプレゼンテーションする日本安全保障・危機管理学会主任研究員の新田容子氏に聞いた。
(聞き手=窪田伸雄)

ハイブリッド戦争とは何か。

 一番大事な概念がパワー・ポリティックス。軍事的なものと非軍事的なものをミックスし、従来の軍事に加え外交的圧力、経済的制裁、サイバー攻撃、これに絡めて情報操作、プロパガンダなどで行われる。マルチ・ベクター・ハイブリッド・ウォーフェアと呼ばれ、全方位にわたる。NATO中心国のドイツがどういう措置を取るか議論を牽引(けんいん)している。

新田容子

 にった・ようこ 日本安全保障・危機管理学会主任研究員。インテリジェンスおよびロシア担当。防衛大学客員研究員として2016年2月までサイバー戦争概論の戦略の講義を担当。 専門は情報戦略とサイバーセキュリティー。米、英、仏、独と連携するサイバーG5(知的所有権窃盗等)専門家会合の委員。

 この言葉をNATOが使うようになったのは、特に2014年のロシアのウクライナ侵攻、クリミア併合からだ。これは新しい手法ではなく、ロシア従来の手法だがNATOにとって目に余るということで「ハイブリッド戦争」の言葉を使った。国家も個人も参画できる。ウクライナの例では、ロシア人住民をプロパガンダ的活動にも、軍事的行動にも利用できる。

ウクライナ侵攻前夜のソチ冬季五輪開会式を西側首脳が人権問題を理由にボイコットしたが。

 もちろん、人権問題への対抗措置であるが、一方、ロシアのエスピオナージ(諜報〈ちょうほう〉)のスキル、能力の高さを欧米諸国はよく分かっているということも示唆している。全てに監視が付き、誰一人情報を盗(と)られない人はいない。携帯、パソコンを持って入れば情報を抜かれるということ。そういう危険性を一般人ではなく首脳たちがよく知っていた。ロシアの諜報は脅威だ。

今年1月に、ドイツでいわゆる「リサ事件」が起きた。ロシア国営テレビがロシア系ドイツ人少女をアラブ系移民が暴行したのにドイツ警察は動かなかったと放送し、SNSを通じてロシア系ドイツ人のデモが起き、後で捏造(ねつぞう)放送だと検察当局が証明したが。

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7月8日、ワルシャワで開幕した北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に際し、記念撮影に臨む加盟国首脳(EPA 時事)

 ロシアはドイツにハイブリッド戦争を本気でやる姿勢を見せた。ドイツはロシアが初めてドイツにハイブリッド戦争を仕掛けたという言い方をしている。

 NATO首脳会議でもそこが焦点になっている。特に安全保障の中ではバルト3国。エストニア、リトアニア、ラトビアともEU(欧州連合)とNATOに加盟することで欧州回帰を目指していることが、ロシアとしては国益をそぐことであり、心理的に受け付けられない。ロシアのサイバー攻撃をはじめとして、執拗(しつよう)な政治的な操作は今後も続くだろう。

バルト3国が狙われるのはNATOでも弱いとみているからか。

 3国は小国でソ連の一部だった。ロシア人住民を使って情報操作しやすい。3国にいるロシア語ができるビジネスマンをリクルートして諜報活動するのはたやすい。リトアニアの西にはロシアの飛び地カリーニングラードが隣接し、また3国はロシアにエネルギーを依存している。ロシアはガス・パイプラインを含めパワー・ポリティックスを行っている。