10億円受領も進展見られず、慰安婦問題合意に反発根強く

受け取り拒否、賠償請求訴訟も

 いわゆる従軍慰安婦問題をめぐる日韓合意の履行へ日本は先週、韓国に10億円を拠出したが、韓国では依然として合意そのものへの反発が根強く、在ソウル日本大使館前の少女像撤去は一向に見通しが立たないままだ。韓国政府は合意で示された「最終的、不可逆的解決」はおろか国内の“炎上”に手をこまねいている。(ソウル・上田勇実、写真も)

大統領選後に無効論浮上か
世論調査「少女像撤去反対」は76%

 日本は先月31日、元慰安婦への癒し金として韓国政府が設立した「和解・癒し財団」に10億円を送金した。使途は被害者に対する医療・介護で、合意時点での生存者46人には1人当たり1000万円ずつ、また故人199人の遺族らには200万円を上限としてそれぞれ届けられるという。

少女像

在ソウル日本大使館前の少女像を囲むようにして慰安婦問題の日韓合意を糾弾するデモ参加者たち(7月撮影)

 合意内容に基づくなら、これでボールは韓国側に渡されたはずだ。あとは「解決に向け努力」すると韓国側が約束した少女像撤去問題に韓国が取り組むのが筋、と日本側は考えている。ところが、この10億円拠出をめぐり韓国では反対派を中心に早くも異論が噴出し、それに対し韓国政府は正面から反論できない状況が生まれつつある。

 まず合意反対の急先鋒(せんぽう)を行く慰安婦支援団体「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」、慰安婦居住施設「ナヌムの家」、左派系弁護士団体「民主社会のための弁護士会」は少女像の前で合同の記者会見を開き、「日本政府自ら賠償金ではなく、法的責任を認めたわけではないと宣言したため、日本政府の責任は依然として残っている」と主張した。

 この会見に参加した元慰安婦の金福童(キムボクトン)さんは「100億ウォン(10億円)ではなく1000億ウォン渡されても歴史を変えることはできない。私たちの後には国民がいるし、若い人たちがいるので最後まで戦う」と述べた。

 現職国会議員や元閣僚では同じ女性の立場からの発言も目立つ。「慰安婦」合意の無効確認・再交渉要求などに関する決議案を提出した最大野党・共に民主党の兪銀恵(ユウンヘ)議員は本紙の取材に「10億円というカネで解決できるのであれば、すでに解決していた問題。被害者が願うのは日本の首相の心からの謝罪と法的賠償だ」と述べた。

 また朴槿恵政権で女性家族相などを務めた趙允旋(チョユンソン)氏も、文化体育観光相に就任するための国会聴聞会で少女像撤去問題への見解を尋ねられると「個人的には同意しない」と述べた。どんなに政権に近くても「反日」感情を無視できない韓国独特の事情がある。

 慰安婦問題に限らず、韓国社会は被害者の立場や主張が通りやすく、時としてそれが「正義」として幅を利かす場合がある。2014年に南西部沖で起きた大型客船セウォル号の沈没事故で犠牲になった高校生たちの遺族が、行き場のない悲しみや怒りを政府にぶつけ、明らかに無理な要求をしてもそれに異議を唱えにくい社会的雰囲気があったことは、その一例だ。

 2国間の合意、両国の外相が共同で記者会見に臨んだ場で発表された合意は「国際社会に向かっての約束事」(萩生田光一官房副長官)に等しく、あとは履行に向けおのおのの国が粛々と取り組むだけだ。ところが韓国の場合、被害者の主張が強すぎて説得するのに時間と労力がかかることが珍しくない。

 当然、韓国政府も合意後に相当な反発を食らうと想定していたはずだが、問題は反対世論を説得すべき立場にいる「和解・癒し財団」関係者でさえ、これを韓国の国内問題ととらえず、日本が手伝うべき日韓問題と認識している点だ。「日本が妄言を吐けば説得できるものもできなくなる…」などといった発想がそうだ。

 表に出てくる元慰安婦らは癒し金の受け取りを拒否したり、韓国政府を相手取って損害賠償訴訟を起こすなど「戦闘モード」。政府は日韓合意の意義が元慰安婦に正確に伝わっていないとして地道な説明と説得を続けているとされるが、挺対協などが政府を激しく非難し、「合意反対の意義」を元慰安婦たちに吹き込んでいるとさえいわれる。

 先週、韓国ギャラップが実施した世論調査によると、少女像撤去について日本側が「慰安婦」合意を履行したとしても「撤去は駄目」と回答した人は76%に達し、「撤去してもいい」(10%)を大きく上回った。

 現政権が少女像撤去に手を付けられないまま来年末の韓国大統領選挙に突入し、政権交代にでもなれば日韓合意無効論が浮上しかねない。