高位脱北者増加の背景

高 永喆

 駐英北朝鮮大使館のテ・ヨンホ公使が韓国に亡命してソウル入りした。

 今年5月には人民武力部(同6月、部を省に改称確認)の上将、同6月は金正恩の統治資金を管理する39号室の副部長と幹部2名が韓国に亡命した。このほか、最高人民会議議員(国会議員)1名も韓国に亡命した。7月2日には微生物研究所の研究員が生体実験資料(USBメモリチップ)を持ってフィンランド亡命した。

 北朝鮮の高位級の亡命は1997年の黄長燁氏が有名だが、最近は労働党・人民軍の高官の亡命が相次ぐ異常な事態が続いている。中には身辺保護のため公開しない亡命者も相当の数に上る。

 テ公使の父は人民軍の大将で、兄は金日成大学総長であり、妻も“白頭血統”(抗日パルチザン出身)の家柄という説もあり、富と権力が保証された特権層である。従来は主に生活苦による脱北者だったが、今は特権層の脱北が増えている。

 その理由は、将来、北朝鮮が崩壊する場合に備えるための選択だろう。

 国内外の情勢に詳しい特権層は3代独裁体制の限界を誰より詳しく把握している。金正恩の最高指導者就任以降、党・軍の次官級130人が処刑される恐怖政治が続いており、“次の番”となるより生き延びる選択肢を選ぶしかない状況だ。面従腹背が増えるのは当然である。

 過去の粛清は収容所送りや左遷が大部分だった。しかし、金正恩時代の粛清は叔父の張成沢や玄英哲国防相などに見られるように残忍な処刑が特徴だ。「金正恩は同志ではない」という落胆。先が見えない不安感が特権層の亡命を招いている。

 さらに、在英脱北者の代表によると「テ公使は中古品市場に時々現れ、息子の学費を工面するためにも頭を悩ませていた」という。北朝鮮は第3、第4回の核実験による開成工業団地の閉鎖と国際社会の制裁による外貨不足、食糧難や水不足にまで直面していると自ら認めた。最近の高位級の亡命の増加は体制に走る亀裂の証しかもしれない。

 1989年、西独の元首相がソウルでの講演で「ドイツ統一は欧州統合が実現した後に期待できる」と発言したところ、その半月後にベルリンの壁が崩壊した。共産主義の宗主国ソ連は1922年の誕生後70年を超えられず91年に崩壊した。ソ連占領下に政権を樹立した北朝鮮は再来年満70年を迎える。

(拓殖大学客員研究員・韓国統一振興院専任教授)