リトビネンコ暗殺事件に新説
暗殺は「米英共同作戦」
ロシアに関連付けは「捏造」
世紀のミステリー「リトビンネンコ暗殺事件」(2006年11月発生)に関する英王立裁判所での公聴会報告(今年1月発表)の概要を、「露大統領を咎めた英公聴会」のタイトルで本紙2月8日付で紹介した。本稿はそのあとのフォローである。
昨年開かれた公聴会のサー・ロバート議長は、ロシアのプーチン大統領、パトルシェフ連邦保安庁(FSB)長官(当時)の承認を“恐らく得た”ロシア人容疑者2人の犯行と推定した。この結論に対してプーチン政権は「他国の作り話に法的な措置を講ずることはしない」(メドベージェフ首相)などと完全黙殺の姿勢をとっている。議長は死因審問に戻る意思はなく、英国の国庫から約8億円相当の支出を伴った「事件」の処理は、真相究明に至ることなく完了したかに見えた。
ところが、3月下旬、「事件」との関連で、元フランス警察組織所属者による「爆弾発言」が飛び出した。これを伝えた一般メディアは見当たらないが、発言者はフランス人という第3者ながら、情報分野の権威であり、荒唐無稽なデマ情報と一笑に付すことはできないのではないか。
「爆弾発言」を伝えたのは米コネチカット州ニュー・ブリテンに本拠を持つ米国人メディア・ビジネス分析専門家ウィリアム・ドンカリー氏。11年と15年に「事件」に関する著書2冊(筆者は購入済み)を上梓している。「爆弾発言」の主はフランスの元国家憲兵隊治安介入部隊(GIGN)隊員(ジェンダルム)ポール・バリル氏(70)だ。ジェンダルムは重装備と、顔を隠したスキー帽で知られる。略歴は省くが、フランスで「スーパーフリク(最高の警察官)」と呼ばれる彼は70年代半ばから80年代にかけて、サウジアラビアやアフリカのルワンダ内紛などでGIGN特殊部隊員として活躍した。現在はパリで民間警備会社を経営している。
ドンカリー氏は、このバリル氏がスイスの実業家パスカル・ナジャディ氏との最近のインタビューで明かした話の驚くべき内容をナジャディ氏から直接聞いたのだという。それは米英共同作戦コードネーム「ベルーガ」(シロイルカ/黒海やカスピ海に生息するチョウザメの意味も)であった。ドンカリー氏はバリル氏の言葉を次のように明かした。「ロシアはリトビンネンコ殺害と何ら関係ない。『事件』は最初から捏造された。ポロニウム210は、ロシアで生産されていることから、ロシアと関連づけるために選ばれた。作戦全体の目的はプーチン大統領とFSBの信用を傷つけることだ。それは、ロシアが世界中で、とりわけシリアで米国の利益を阻害しているために行われた。それはプーチンの権力基盤を弱め、ロシアを不安定にするための試みである。これにはプーチン批判の急先鋒ビル・ブロウダー(筆者注・シカゴ生まれの著名な投資家)がベレゾフスキーに協力した。確かなことだが、(自殺と見なされた)そのベレゾフスキーは、彼の気まぐれな言動にうんざりし、自分たちが見捨てられないためにも彼を消さねばならなかった、自分の機密工作員たちによって殺された」。
「リトビンネンコは故ボリス・ベレゾフスキーのために働いていた。彼はベレゾフスキーの(金の)運び屋の1人だった。ベレゾフスキーは英情報機関MI6のために、またMI6とともに仕事をしていた。ところが、リトビンネンコはベレゾフスキー、MI6という雇い主たちを裏切ったのだ。彼はベレゾフスキーの仲間の囮(おとり)に配分される大金、数百万㌦を着服した。彼らの唯一の目的はプーチンとロシアを貶めることだ。この作戦はワシントンDCとロンドンの指示を受けた。コドネームは『ベルーガ』。そして米英共同作戦のもと、リトビンネンコはポロニウム210を使ったイタリア人によって殺害されたのだ。私は『事件』の究明を信頼できる個人に委ねたい。それには、カルラ・デル・ポンテ女史がいいだろう。彼女は米中央情報局(CIA)の管理下にいないから」。スイス・ルガーノ生まれのカルラ女史(69)は司法長官、旧ユーゴスラビアとルワンダでの国際戦犯法廷検事を務めた。
ナジャディ氏は「このポール・バリル氏の新たな証言は、リトビンネンコ殺害の動機の真相解明に新たな窓を開くだろう」と語った。「リトビンネンコはイタリア人によって殺害された」というバリル氏の証言は筆者にとって驚きであった。「事件」関係でイタリア人と言えば、服毒したと見られる06年11月1日当日の午後、リトビンネンコがピカデリーの日本レストラン「イツ」で会食したイタリア人元教授・警備コンサルタントのマリオ・スカラメッラ氏(46)しかいない。
彼はロンドンの公聴会に、2月25日と3月18日の2回出廷している。公聴会記録で彼の証言を調べてみると、2月の公聴会で、リトビンネンコを最初に紹介してくれたソ連国防省参謀本部諜報部(GRU)将校ビクトル・スボロフとともに、「武器としての核廃棄物利用の分野」で仕事をしたと言明している。彼は核問題の専門家でもあり、原子炉から抽出されるポロニウム210についての知識があるはずだ。リトビンネンコは入院直後に、「スカラメッラに毒を盛られた」と口走った。後にこれを言わなくなったが、彼の直感が当たっていたのかもしれない。
(なかざわ・たかゆき)