英国労働党の反ユダヤ主義
イスラム教議員抱える
左派にトロツキストの思想
歴史的に英国ユダヤ人は二大政党(労働党と保守党)への重要な献金者であったため、英政界で反ユダヤ事件が起きることは滅多になかった。労働党に話を限っても歴代党首ゲイツケル、ウィルソン、ブレア、ブラウン、ミリバンドはユダヤの大義とイスラエルに対する強い同情心を表明してきたのだ。
しかし、昨年、同党左派の領袖コービンが党首に選ばれてから蜜月関係はすっかり冷えきってしまったのだ。事の起こりは4月26日、同党左派の下院議員ナズ・シャーによるネット上の書き込みが発覚したことだ。それは「すべてのイスラエル人を米国へ移送してしまえば中東紛争は解決するだろう。イスラエル人はアメリカで歓迎されるし、移送費用はアメリカがイスラエルの国防支出を援助する金の3年分で済む」という内容だった。
シャーは全英最大級のパキスタン系移民集住地区ブラッドフォードを地盤に同胞の組織票を背景に当選したイスラム教徒の議員だった。彼女が常軌を逸した自身の反ユダヤ思想を公にした背景には英国におけるイスラム教徒の急増と政治的台頭が挙げられる。今や首都ロンドンでは人口の8人に1人がイスラム教徒なのだ。
彼らの中には現ロンドン市長サディク・カーンのように異宗教・異民族に寛容な多文化主義者も少なくないが、不寛容な人々も多いのだ。在英イスラム教指導者メフディー・ハサンは2013年に「反ユダヤ主義は在英イスラム社会の一部で黙認されているばかりでなく、日常ありふれた現象なのだ」と発言したが、今年4月に実施された世論調査結果はハサンの説を裏付けている。「在英イスラム教徒の3~4割がユダヤ陰謀論に執着している」と結論づけているからだ。
彼らが英政界の主流に進出し、自信を強めたことで、以前はイスラム社会内部に封印されてきた彼らの反ユダヤ主義が主流派社会にむけて発信されるようになったのだ。こうした在英イスラム教徒の反ユダヤ主義を労働党左派は大目に見る傾向があった。大半が労働者階級に属する在英イスラム教徒は労働党左派にとり格好の集票ターゲットであったからだ。
労働党左派を反ユダヤ主義に傾斜させた背景は、外来の移民集団を支持基盤に取り込もうとする算盤勘定ばかりではない。英左翼特有の反ユダヤ主義も無視できないのだ。名付けて「極左トロッキスト崩れの反ユダヤ主義」だ。それは4月28日、下院議員リビングストンの発言の中に端的に示されている。
この時、彼は僚友シャーを擁護するため様々な弁明を行ったのだが、調子に乗って「ヒトラーはホロコーストを行う以前、シオニズムを支持していた」という持論を開陳してしまったのだ。シオニズムが独ユダヤ人を国外に出国させたことは結果としてユダヤ人嫌いのヒトラーにとり好都合であったわけだが、ヒトラーは決してシオニズムの大義(ユダヤ人国家建設)を支持していたわけではないのだ。その意味でリビングストン発言は誤った歴史認識であるばかりでなく、ホロコーストの災禍に苦しめられたユダヤ人の気持ちを踏みにじる非良心的な妄言だったといえよう。
実はシオニズムとナチズムを関連づける議論は40年ほど前まで英労働党最左翼を形成していた極左トロッキスト集団の常套句だったのだが、当時、若手過激派だったリビングストンはこの妄言に染まっていた節があるのだ。自派議員の相次ぐ反ユダヤ発言を見過ごしにした理由で非難の矢面に曝されたのが、党首コービンだった。
実はコービンもリビングストン同様、「トロッキスト崩れ」でパレスチナ紛争解決策として、「人種差別国家イスラエルの生存権を認めず、パレスチナ全域にひとつの世俗国家を建国する」と発言してはばからぬ過激派なのだ。昨年の党首選に負け、「コービンおろし」の機会をうかがっていた労働党右派・中道派議員団はリビングストンとシャーの永久除名を要求。労働党史上最大の献金者、英大衆音楽業界の大富豪、ユダヤ系のマイケル・レビー卿も2人の永久除名を求めた。こうした圧力を無視できず、コービンは2人の僚友を議員資格停止処分にせざるを得なかった。
今回の反ユダヤ発言騒動は労働党内の主導権をめぐる代理戦争の様相を呈しているのだ。
対立軸は左派がパレスチナびいきで、右派・中道派が親イスラエルという路線対立である。結果的に労働党内の内輪もめは保守党を利するところとなった。5月5日に実施された英地方選挙の結果、労働党は改選前より大きく議席を減らしているからである。選挙の数日前には、長年、労働党を支持してきた在英ユダヤの著名人、「フィナンシャル・タイムズ」紙の編集主幹、ロバート・シュリムズリー、小説家のハワード・ジェイコブソンらは軒並み、労働党不支持を表明しているのだ。
党内の反ユダヤ的体質を見過ごしにすれば、労働党とユダヤ社会の絆は過去のものとなり、ユダヤ系の「保守党への乗り換え」現象は今後、ますます加速してゆくことになろう。(敬称略)
(さとう・ただゆき)