「予想外」の英保守党大勝
アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき
世論調査覆す選挙戦術
古かったミリバンド労働党
5月7日の英国総選挙は、予測がつかない大接戦と見られていたが、保守党が労働党に「予想外」の大差をつけ、過半数を獲得、単独政権を樹立した。何故保守党が大勝し、この結果は何を意味するのであろう。
今回の選挙の一番の驚きは、二大政党の大接戦という前日までの世論調査と、保守党331議席、労働党232議席という結果との大きな差であろう。これほど調査会社のほぼ全ての調査が大きく間違ったのは初めてであった。英国ばかりでなく欧米各国の専門家の、「政治イデオロギーの重要性が薄れ、一つの政党が過半数を得ることがほぼ不可能になった」という分析は外れた。
保守党勝利の背景には、まず優れた選挙戦術があった。その立役者は「オズの魔法使い」と言われたオーストラリア人のリントン・クロスビーであった。クロスビーは保守党のメッセージを単純化し、それを徹底し、連立政権のパートナーであった自由民主党の議席をも狙うという、細かく計算された冷酷な戦術を打ち出した。
クロスビーのメッセージの中心は、経済と首相であった。保守党は緊縮財政、赤字削減政策を打ち出し、英国経済はこの5年で大きな回復をみせ、他の欧州諸国に比べ成長率や失業率、あらゆる分野での職の創設でめざましい成果を得てきた。
一方、世論調査も認めていたのはキャメロン首相のイメージであった。キャメロン氏と労働党のエド・ミリバンド党首ではいずれが首相としてふさわしいか、という調査では常にキャメロン氏が優位であった。ミリバンド氏は鼻づまりのような声が特徴で一風変わった人物、一国を代表する人物として信用できるか分からない、というイメージが付きまとった。保守党は赤字削減を進めながらも、教育や福祉への歳出の有効分配といった経済政策の成果と首相のリーダーシップを繰り返し強調した。
経済と首相のイメージは保守党の大きな武器ではあったが、それだけでは勝てなかった。普段はそれほど政治に興味はなく、一つの政党に絶対的な忠誠を抱くわけではない有権者が増えているが、教育、あらゆる医療をすべて無料で受けられる国営保険制度(NHS)、最低賃金や雇用機会などにはみな深い関心があり、そうした身に迫る問題に望ましい政策を打ち出す政党に投票する。
保守党は有権者がどのような問題で投票傾向を決めるかを把握し、関心の深い問題に焦点を当てたメッセージを送ることに成功した。一般の世論調査よりはるかに細かく正確な有権者のデータ収集、分析、そしてフェイスブックなどソーシャルメディアを活用した個人的なメッセージの作成や配信を可能にしたのは、オバマ大統領に2度の勝利をもたらしたアメリカ人のジム・メシナであった。
保守党は労働党の失敗にも助けられた。エド・ミリバンドは労働党の中でも左寄りの政治家で組合の票に助けられ党首に選ばれた。圧倒的な支持を得て長期政権を維持したトニー・ブレアの穏健中道の「新労働党」とは違い、「旧労働党」の一人である。古くからの労働者階級や組合の求める、金持ちから高税を絞り、福祉を豊かにすることで貧しい人々に分配することが信条だ。しかし、有権者の多くは中産階級となり、生活や地位の向上を目指している。選挙後、労働党の中からも「有権者の野心や夢を理解していなかった」「古い労働者階級以外の人々を排除した」など反省が出ている。
スコットランド国民党(SNP)と英国独立党(UKIP)は予想通り大躍進し、自由民主党は大きく議席を減らした。SNPがスコットランドの59議席中56議席をも獲得したのは、スコットランド独立への期待がいまだに根強いこともあるが、それ以上にスコットランドの声を英国議会で反映させたいという願望がある。SNPはミリバンドの労働党よりさらに社会主義的政党であり、徹底した高税、高福祉が核心的政策であり、保守党の緊縮財政政策撤回、スコットランド議会へのさらなる権限移譲が最大目的となる。
UKIPは得票数ではあきらかに第3党であるが、獲得議席はわずか1議席と小選挙区制の問題点を示した。UKIP票は二大政党への不満表明のために絶対に政権を握ることはない党に票をいれる、いわゆる戦術的投票でもあったが、UKIPの目玉政策であるEU離脱に賛同あるいはEUへの憤懣(ふんまん)の表れでもあった。
保守党の勝利は、イデオロギーが薄れても一つの政党が過半数を取れること、しかし、そのためにはいかに選挙戦術や突出した情報収集、分析、発信技術の活用が必要であるかも示した。また英国人が分配型社会主義ではなく、経済成長と職や富への機会の平等と拡大を求めているのも表れている。
一方、新政権にとって非常に深い問題も明らかである。スコットランドがイングランドとは違う制度の国家、また独立ではなくとも自治を求めており、権限移譲を拡大するほどイングランドでの憤懣は高まり、連合王国の分裂を招く恐れがある。同時に自由、競争、独立を信条とする英国人にとって、多くの分野で自治権をEUに譲渡してきたことへの不満が深刻であるのも一層明らかになった。二種類のナショナリズムをいかに操るかが、新政権と英国の将来を決めることになる。(敬称略)
(かせ・みき)