英連合とEUを脅かす総選挙

アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき

加瀬 みき連立は国家分断を招くか

保守党振り回す反EU勢力

 来月7日に英国で総選挙が行われる。これほど予測がつかず、これほど重大な結果をもたらす可能性のある総選挙は初めてといわれる。与党保守党と野党第1党労働党がまさに大接戦を繰り広げているが、いずれの党も過半数は取れず、連立政権あるいは、少数党政権が誕生するとみられている。いかなる政権が誕生するかは、欧州連合(EU)、英国の国際的地位や英国という国そのもののあり方を大きく変えそうである。

 前回2010年の総選挙では保守党が最多票を獲得したものの、過半数に至らず、保守、労働党のいずれもが自由民主党との連立を図った。結局自由民主党が保守党を選び、選挙結果が連立政権を誕生させるはじめての例となった。今二大政党が伸び悩む中、英独立党(UKIP)とスコットランド民族党(SNP)が支持を集めているが、小党の果たす役割の大きさと複雑さを反映して、今回はじめて野党党首討論会が行われ、労働党、UKIP、SNP、みどりの党、プライド・カムリ(ウェールズ党)の党首が参加した。

 本総選挙を左右する大きな問題の一つが移民政策である。英国の国民保険(NHS)制度では、完全に無料で診断や手術を受けられる。旅の外国人でも緊急の場合は無料である。公営住宅の家賃はわずかで、下手な職に就くよりは、公営住宅に住み、失業保険や子供手当をもらう方がはるかに楽な生活ができる。経済が停滞するユーロ圏では反移民感情が高まっているが、逆に経済が好調な英国へはポーランドをはじめ旧東欧諸国から職を求める移民が押し寄せている。地方都市や村では、英国の伝統が犯される、あるいは治安への不安も高まっている。

 国民の移民に対する憤懣(ふんまん)の波にのっているのがUKIPである。英国人の職を奪う、平均賃金を下げる、治安を乱す移民がNHSなど福祉の恩恵を受けているのはおかしい、英国はEUから脱退すべきであると訴えるナイジェル・ファラージュ党首は、典型的ポピュリストで歯に衣(きぬ)着せぬ発言で人気を得ている。

 保守党は伝統的にEUに対し懐疑的であり、UKIP同様EU脱退を主張する議員が約3分の1いるとみられ、その勢いはUKIPの台頭とともに増している。自身はEU脱退を望まないキャメロン首相が2年前にEU脱退をかけた国民投票を公約としたのは、自党内の反EU一派の勢いを削(そ)ぐことが主なねらいであった。

 保守党が政権を握れば、選挙後2年以内に国民投票が実施される。現状では結果がどちらに転ぶかは全く分からない。英国が脱退すれば、EUの経済や外交力を弱め、安全保障面での指導力も激減させる。EUはより官僚的、より非民主主義的方向に進むだろう。英国の経済や産業へも多大な影響を与え、未知への不安はEUばかりでなく世界経済の不安定要因となる。

 保守、労働党ともに自由民主党との連立を試みるかもしれないが、同党はかなりの数の議席を失うと見られ、過半数を満たすことに貢献しないかもしれない。そこで政権を奪回したい労働党に対し、手を握ろうよ、としきりにラブコールを送っているのがSNPである。SNPは英国議会650議席中現在6議席を有するが、本選挙ではスコットランドで労働党から大量に議席を奪い、30から40議席を獲得するとみられている。

 労働党は政権を握るために正式な連立でなくともSNPと議題別に手を握る協力体制を選択する可能性がある。ところがSNPはスコットランドにおいてのみ活動する完全な「地方党」であり、スコットランドの利害が最優先となる。スコットランドは英国領土の約3割を占めるが人口はわずか8・5%。スコットランド以外では候補者も立てない党が国全体の政策に大きな影響を与えることになる。人口の8割以上を抱えるイングランドばかりかウェールズや北アイルランドの有権者がそれを許すであろうか。地方分権がすすみ、税制から福祉、教育までそれぞれの地域が個別の政策を取るようになれば、国家としての絆は徐々に弱くなる。スコットランド独立への気運はスコットランドばかりでなく、今度はイングランドでも高まることが心配される。

 ミリバンド労働党党首はブレア元党首に比べ安全保障でははるかに腰が引けている。そしてSNPは反核政策を取っている。英国の核戦力の中心であるトライデント潜水艦の基地はスコットランドにあるが、SNPはその使用禁止政策を掲げている。SNPとの連立あるいはその支えを必要とする労働党政権になれば、英国が北大西洋条約機構(NATO)で果たす役割も変わるであろう。

 地方分権やスコットランド独立気運の高まり、EU脱退。いずれも英国とEUの弱体化をもたらし、NATOやEUの防衛戦略は見直しを迫られる。いずれのシナリオも欧州統合の種をまき、安全保障体制を築いてきたアメリカにとっても大問題である。「特別な関係」も見直しを迫られる。

 英国の総選挙が戦後西側の築いてきた貿易や経済、外交、そして安全保障体制を大きく揺さぶっている。

(かせ・みき)