スコットランド投票の余波

アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき

加瀬 みき2消せぬ民族自決の想い

EU各国で広がる独立運動

 スコットランドの独立をかけた国民投票は45%対55%という直前の予想より大きな差で独立派が負けた。英国連合は安泰と見えるが、実はこれからスコットランドばかりでなくイングランドやウェールズ、北アイルランドも自治が進むのはほぼ確実である。民族独立や同民族統合の動きは長年欧州各地でくすぶっているが、スコットランドの投票が独立に繋がらなかったにもかかわらず、欧州連合(EU)の中でおきている国民国家意識の強まりを促すものと思われる。

 グレートブリテン島の四つの王国が戦っていたのは12世紀あたりまでである。スコットランドとイングランドが相互合意の上で平和裏に統合し300年経ている。しかし、スコットランド人の一部には常にイングランドに虐げられてきた、スコットランドから遠い首都ロンドンが実施する政策はスコットランドの実情を組み入れていないという想いは非常に根深い。可哀そうなスコットランド、イングランドの暴君から独立しよう、という気持ちはスコットランドの文化・社会の中にしみついている。

 独立派(YES)は、わずかずつ連合維持派(NO)との差を詰めてはいたが、国民投票の2週間前までは独立がかなうと思う人は少なかった。ところが投票の約10日前に突如YESがNOを上回った。客観的に見れば独立がスコットランドにもたらす利点はほとんどない。

 そもそも何の通貨を使用するのか。今のポンド・スターリング使用を継続するのであれば、中央銀行は「外国」となるイングランドにあり、スコットランドの経済実態に合わせた政策を取るとは思えないし、共通通貨であれば通貨切り下げもできない。スコットランドには物的、人的資源が豊富で将来は心配ない、と独立派は強調したが、頼りの北海油田の埋蔵量は専門機関の推定では独立派が主張するよりはるかに少なく、また独立した場合は大手金融機関やサービス業は本部をイングランドに移動すると発表した。イングランドに比べスコットランドは高齢化も進んでいる。EUにすぐに加盟できるわけではなく、貿易の3分の2の相手国であるイングランドとの貿易にも高い関税が伴うことになる。

 雄弁な独立派指導者アレック・サーモンは、外人記者にスコットランド人とイングランド人は、独立したいほどにどこが違うのか、と問われ、回答に詰まっていた。また、イングランドに支配されている、と言ってもスコットランドへの権限移譲はすでにさまざまな分野でかなり進んでおり、スコットランド内での国民医療サービス(国民皆保険)も教育もスコットランド議会が政策を握っている。

 一見、独立を望むのは理にかなわない。しかし、NOに投票した人々の多くも心はスコットランド国復活への強い想いを抱いている。平和で国際基準でみれば裕福で力のある英国の中でも独立運動が国民投票に繋(つな)がり、今後スコットランドへの権限移譲、それにともないイングランドやウェールズ、北アイルランドでもそれぞれの地域政策の独立が進むのは間違いない。

 欧州大陸の中では民族自決が繰り返し戦争や紛争を招いてきた。ナチスが周辺国へ侵攻した建前は同民族救済、団結であった。今でも欧州では戦争や武力衝突にならなくとも、40近い地域で独立や民族団結の動きがある。スペインのカタロニアではスコットランドの国民投票で独立運動が勢いづいた。ベルギーにはフランスとオランダ系国民がいるが、両者の対峙(たいじ)は激しく、2007年には200日間近く政府樹立がかなわなかった。チェチェンやダゲスタン人はロシアからの独立を望み、自分たちはフィンランド人と考えるカレリア人も同じである。トリアノン条約がハンガリー人をハンガリー、ルーマニア、スロヴァキアに引き裂き、スロヴァキアのハンガリー人は独立を願っている。ドイツバイエルンでも長く独立が語られている。北イタリアには北部の豊かな街をイタリアの他の地方から離そうという動きがある。

 EUは長年続く民族間の対立、それが招く武力衝突や政治的不安定を克服するはずであった。一つの関税同盟を創設し、人や物、サービスの移動の自由を実現、財政の基準を設けた。EU内の多くの国が一つの通貨を採用し、一つの中央銀行が設立された。EUとして他国と貿易交渉をし、大きな経済圏として徐々に外交や安全保障でも力を発揮するようになっている。政治、財政、金融とあらゆる分野での統合の深化を目指してきた。

 しかし、国境や民族国家を消すプロジェクトに反する流れが今強くなっている。先の欧州議会選挙では反EUを訴える政党がフランス、英国、オランダ、ギリシャ、ハンガリーと各国で議席を増やした。EUの指導国となっているドイツですら反EUを掲げる「ドイツのための選択肢」党が特に旧東独地域を中心に力を伸ばし、地方議会で議席を増やしている。

 スコットランド人の多くが心と頭に引き裂かれる、と決断の辛さを説明していた。意図的に生みだした政治的枠組みは、繁栄や表面的平和をもたらすかもしれない。しかし、民族自決の想いは簡単には消えることはない。平和のための枠組みがこれを無理やり押さえれば、欧州に不穏と不安定を招く恐れがある。

(かせ・みき)