蔡英文・台湾総統、就任3周年 米国の台湾シフト鮮明に

 台湾の蔡英文総統は20日、就任3周年を迎えた。来年1月には、総統選が行われる。とりわけ中国が現在、台湾統一に向けた攻勢を強化し、台湾への圧力を強めつつ南シナ海の聖域化を図るなど、その覇権的動きがアジア太平洋の平和と安定を脅かしつつある中、台湾のみならず東アジアの安全保障が懸かった未来をも大きく決する総統選となる。
(池永達夫)

台湾旅行法など矢継ぎ早に成立
懸念される中国のシャープパワー

 中国国家主席の習近平氏は1月2日の年初演説で、台湾に対する5項目の要求を出し、祖国統一の最善の方法は「一国二制度」であると強調するとともに、「武力行使をも排除しない」と圧力をかけた。

蔡英文総統

来年1月の台湾総統選出馬を目指す与党・民進党の蔡英文総統(時事)

 台湾の蔡英文総統は直ちにこれに反論、「我々は一国二制度を断じて受け入れない」とはねつけた上で「中国は民主主義を受け入れるべきだ」と主張した。

 一国二制度というのは、既に実施中の香港の実態を見れば、台湾の人々が歓迎するはずもない代物だ。中国は1997年の香港返還の際、一国二制度を基に社会主義政策を将来50年にわたって香港で実施しないことを約束したが、英国統治時代のレッセフェール政策(自由放任主義)の伝統は朽ち果て、返還後20余年で既に民主主義と人権が圧迫されるような時代を迎えている。

 なお習近平氏の年初演説に見られるように、中国側が焦りとも思われるような姿勢に出ている背景には、米国が台湾を強力に支え始めたことに対する牽制(けんせい)としての意味合いが強い。

 米大統領選を制したトランプ氏は大統領就任前、台湾の蔡英文総統との電話会談に応じた。就任前を含めて米大統領が台湾の総統と電話でやり取りしたことが明らかになったのは、1979年の米台断交以降初めてだった。政治家の経験がなく、前例や慣例にとらわれない「トランプ流外交」だ。

 昨年には、米上下両院がいずれも全会一致で「台湾旅行法」案を可決、同年3月に大統領が署名した。同法では、閣僚級の安全保障関連の高官や将官、行政機関職員など全ての地位の米政府当局者が台湾に渡航し、台湾側の同等の役職の者と会談することや、台湾高官が米国に入国し、国防総省や国務省を含む当局者と会談することを認めている。

 この台湾旅行法の下、昨年6月に行われた米大使館に相当する米国在台湾協会(AIT)台北事務所の落成式には、ロイス米国務次官補が出席。また蔡英文総統は昨年夏、中南米を訪問した際、経由地の米国を訪問し、ロイス米下院外交委員長、エドワーズ・ルイジアナ州知事らと面会している。いずれも異例のことだ。

 さらに同年、追加する形で19年度の国防権限法が制定された。同法は、米国の台湾政策が台湾関係法と六つの保証に基づくと再確認した上で、米台共同軍事演習など防衛上の連携を強化すると明記した。加えて同年12月31日に成立した「アジア再保証イニシアチブ」では、米台間の高官による相互訪問や台湾関係法に基づく台湾への武器供与、米艦船の台湾海峡の航行などが担保された。

 これを受ける形で、米海軍艦艇の台湾海峡航行が急増中だ。米海軍第7艦隊の駆逐艦2隻が4月末、台湾海峡を通過した。2隻はミサイル駆逐艦「ステザム」と「ウィリアム・P・ローレンス」。第7艦隊は声明で、「台湾海峡の通過は『自由で開かれたインド太平洋』への米国の関与を示すものだ」と発表した。

 米海軍艦艇の台湾海峡航行は今年1月以来、4カ月で4回、月に1度の割合で台湾海峡を航行している。これまでは1年に1度程度だった。

 しかも、対中牽制のため台湾海峡を通過している海外艦船は米国だけでなく、フランス艦船も4月初旬、通過している。

 とりわけトランプ政権の台湾擁護政策は、昨年10月4日に行ったペンス副大統領の演説で浮き彫りにされた。ペンス副大統領は「中国は先端的武器の設計図などの技術を盗み、陸海空、宇宙における米国の軍事的優位を脅かす」と糾弾。「米国は中国に対し一歩も引くことはない」と言い切ったペンス演説は「現代版ハル・ノート」を彷彿(ほうふつ)とさせる。

 中国が台湾への圧力を高めれば高めるほど、トランプ大統領の台湾傾斜は著しくなって当然だろう。

 トランプ政権の世界戦略はシンプルだ。シリアやアフガニスタンからの撤兵にみられるように中東から手を引き、アジアに焦点を絞ろうとしている。その要は台頭する中国への牽制力増強だ。世界第2位の経済力を軍事大国化に振り向け、米国覇権に挑戦しようとしている中国の野心を打ち砕こうというのだ。

 台湾への支援もこうした対中戦略に基づいたものだ。いわゆる「台湾を太平洋に浮かぶ中国の不沈空母にしない」という、アジアの安全保障の要石である台湾を断固守りきる気迫がそこにはこもっている。

 なお蔡英文総統は4月9日、台湾関係法40周年を記念した米シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)シンポジウムでインターネット中継を通して講演し、台湾への軍事的圧力を強める中国を批判。民主主義の価値観を共有する米国に対し、台湾の安全保障への関与を強化するよう求めた。

 蔡氏は、中国軍機が先月末、台湾海峡の中間線を越えて台湾本島側の空域に侵入したことについて、「過去20年の間、平和と安定に貢献した暗黙の合意を破った」と非難。また、中国による介入について、「情報操作、政治的な破壊工作を通して、中国は台湾の社会を分断させ、同盟関係を疑うように仕向けている」として、台湾の民主主義が危機にさらされていると強調した。

 その上で、「中国の膨張主義的な行動は自由世界にとっての脅威だ」とし、米国が「台湾の安全が民主主義の防衛にとって不可欠であると考えることを明確にすることを望む」と訴えた。

 現在、台湾で懸念されているのが、中国による「シャープパワー」の行使だ。

 昨年11月、台湾では来年の総統選挙や立法委員選挙を占う統一地方選挙が行われた。ここでもフェイクニュースを使った世論操作など、中国の「シャープパワー」による選挙介入が話題となった。中国が台湾の民主主義という、開かれた自由社会を利用して分断工作を行ったのは「シャープパワー」の典型的な事例だ。中国の「シャープパワー」は、すでに民主主義国家が共に直面する問題となったことを示している。