フィリピンの慰安婦像撤去

 フィリピンで活動する中国系団体によって昨年12月にマニラ市内に設置され、物議を醸していた「フィリピン人慰安婦像」が突如として撤去された。名目上は排水工事のために撤去されたことになっているが、ドゥテルテ大統領が慰安婦像を公共の場に再設置しないよう求めており、日本からの強い懸念や撤去の申し入れを受けたフィリピン政府が、政治的な判断をした可能性もある。
(マニラ・福島純一)

ドゥテルテ大統領「日本を侮辱するな」
設置団体、学生向け公開を計画

 撤去が行われたのは4月27日夜で、翌日に現場を訪れると慰安婦像は台座から根こそぎ掘り起こされて跡形もなくなっていた。現場の地面にはパワーショベルで長い溝が掘られており、マニラ市当局者が慰安婦像撤去の理由として説明している排水工事の形跡も見られた。

フィリピン人慰安婦像

昨年12月、マニラ市に設置されたフィリピン人慰安婦像

 同29日にシンガポール訪問から帰国したドゥテルテ大統領は、ダバオ市で行った記者会見で慰安婦像の撤去に触れ、「日本は彼女たちに謝罪し助けるための資金も提供した」と指摘し、「もう終わったことだ」「日本を侮辱すべきではない」と述べ、慰安婦像の撤去に支持を表明した。

 一方、左派系の女性団体からは、「日本の占領下で被害を受けた慰安婦たちの尊厳を冒瀆(ぼうとく)するものだ」と、突然の慰安婦像撤去への批判も噴出している。

 これに関してドゥテルテ大統領は、「他国と敵対する方針は政府にはない」と述べ、私有地なら日本政府も表現の自由として認めるだろうと指摘した上で、公共の場には慰安婦像を再設置しないようにとクギを刺した。

 ドゥテルテ大統領は慰安婦像が設置された当初、「憲法で守られた表現の自由であり私が止めることはできない」と容認する姿勢を示していたが、180度考えを変えた格好となった。日本がこれまで行ってきた謝罪や賠償などの努力を認めた上で、日本政府との関係悪化を懸念し、政治的な判断を下した可能性もある。

 一方、設置場所だったマニラ市のエストラダ市長は、「撤去に関して市は何も関与していない」と指摘し、あくまでも公共事業道路省の判断だと説明。しかし慰安婦像に関して「悪い過去は埋葬すべき」と述べ、撤去に賛成の立場を表明した。

800

慰安婦像があった場所には深い溝が掘られ、台座も含め完全に撤去されていた(4月28日撮影)

  撤去された慰安婦像は、制作者の元に返却され保管されているという。像の制作者は地元メディアに対し、「尊厳を失った気分だ」と述べ、慰安婦像の撤去に失望を表明。「未来の世代に歴史を思い出させるもので、日本やフィリピン政府への抗議の象徴ではなかった」と、像の制作目的を語った。

 今のところ慰安婦像の再設置場所は明らかになっていない。しかし慰安婦像を設置した団体の代表は地元メディアに対し、慰安婦像を使った学生向けの歴史教育プログラム「スクールツアー」の計画があることを明かしている。慰安婦像が学校をめぐるのか、学生を再設置場所に招くのかは不明だが、歴史認識をめぐる摩擦はまだ続きそうだ。