中国の難題は少数民族政策 香港政治誌「前哨」の劉編集長に聞く(上)

 中国の習近平共産党総書記が就任して1年が過ぎ、思想言論統制を一層強めて反体制派を弾圧する保守カラーを強める一方、改革も取り込もうとする腐心もにじむ。既得利益層が優遇され、庶民は改革の恩恵を受けられない社会に不満が爆発する中、習氏は「権力集中」体制を構築することで危機を乗り切ろうとしているのか、上・下2回に分けて香港政治月刊誌「前哨」の劉達文編集長に聞いた。
(聞き手=深川耕治、写真も)

焼身抗議の拡大、国際評価落とす

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劉達文(リュウ・ダーウェン) 1952年、中国広東省東莞生まれ。78年、恵陽師範科学学校(現・恵州大学)に入学。81年1月香港へ移住。同年3月、月刊誌「争鳴」で勤務。香港では散文のほか、中国現代文学を研究。現在、香港月刊誌「前哨」の編集長。ペンネームは蘇立文、暁沖、羅汝佳など。

 ――昨年11月の党大会まで党最高指導部の政治局常務委員(当時序列9位)として公安・司法を統括した江沢民派の周永康・前党中央政法委員会書記が石油閥である本人の側近らを当局が次々と拘束したが、周氏本人は拘束されることはないのか。

 『前哨』最新号(12月号)でも紹介している通り、周永康氏自身は辛うじて拘束・取り調べだけは逃れている。ただし、政界を引退した立場であり、政治力は完全無力化させられ、政治的には“植物人間”となってしまった。

 ――習総書記は「虎もハエもたたく」と宣言していたが、虎退治は困難ということか。

 トーンが変わってきた。政治局常務委員を引退した時点で政界を引退した立場なので政治力はなくなっている。党としての処分はしても刑事罰はしないぎりぎりのレベル。引退した元老に刑事責任の追及を免じてきた中国政治の慣行はそう簡単には覆せない。刑事罰の処分を出せば、もちろん庶民は喜ぶが、そこまではせず、側近を完全排除することで政治的発言力を完全にそぐようにしようということだ。

 ――北京中心部の天安門前で10月28日に起きた車両突入炎上事件は実行犯3人がウイグル族家族と特定され、共犯5人も拘束された。この事件の背景や真相はどうなっているか。

 3中総会の直前になると、恒例のように地方の人々が地方政府の不公正な行政に対する嘆願書を北京の中央政府窓口に出しに行く。ウイグル族の人々も同様に行っているだろうが、漢族同様、嘆願が通ることはほぼない。だから、いろんな組織が関わる可能性はある。2008年4月、ベルリンの中国大使館前で行われたチベット弾圧抗議デモや13年5月の法輪功による抗議デモなども同様の抗議だ。ただ、北京の天安門での抗議焼身事件は法輪功メンバーも行っているが、これを大義名分に摘発・弾圧を強化しやすくした。今回のウイグル族による事件も、これを大義名分にウイグル独立派の弾圧を強化できる名目になったはずだ。

 ――自爆抗議の手法は弾圧する中国当局側が弾圧の大義名分にするため、そのように誘導させているということか。

 中国では最近、抗議に対しては人民元で解決しようとする動きが出てきている。例えば、天安門事件の際、中国湖南省で民主化運動を指導した李旺陽氏昨年6月、入院先の病室で自殺したとされる事件は死亡する直前、メディア取材を受けていて到底、自殺するような状況ではなかった。法輪功メンバーの焼身抗議についても、抗議して死ぬのであれば死ぬ代価として遺族に人民元が支払われるならその選択肢を使うこともあり得ることだ。

 ――チベット自治区の僧侶が焼身抗議するケースも同様か。

 チベットの僧侶の場合は違う。チベット仏教の高位にある人たちに直接聞いた話では仏教のカルマや因果応報の考え方で行っている。中国共産党に対して特別な憎しみや怒りを持っているのではなく、現世での自分の問題は前世に原因があり、現世での生き方をよくすれば来世は良くなると考えているので党が金の力でやらせているというわけでは決してない。

 ――死をいとわない当局への抗議方法としての自焚(焼身自殺による抗議)は法輪功、チベットの僧侶やイスラム教を篤信するウイグル族などで連鎖拡大し、さらに広がる趨勢(すうせい)は中国指導部にとってかなり脅威ではないか。

 自焚による抗議が広がれば、国際的に見れば中国が統治能力を問われるので、習近平総書記はチベットへの対応を調整する必要がある。調整していけば、このようなケースは少なくなるはずだ。

 ――チベット自治区についてはそうでも新疆ウイグル自治区に対する締め付けは強化されないか。

 「習総書記としてはチベット自治区も新彊ウイグル自治区も差別することなく同じように対応することを重視しようとしている。『新疆王』とまで呼ばれ、新疆ウイグル自治区を厳しく統制管理していた王楽泉党委書記から09年7月5日のウルムチで起きたウイグル騒乱を経て10年にソフト路線を敷いた張春賢湖南省党委書記が同自治区党委書記に替わった。

 しかし、ソフト過ぎるのも、今回の天安門でのウイグル族車炎上事件をもたらしたことで再考させられている。強硬政策でも寛容政策でもうまく統治できないので、どの程度の統治方法が良いか、悩んでいるところだろう。