北の核抑止に動き出した中国
国内外安定へ米と取引
自国の安保上の危機意識も
金正恩時代を迎えて北朝鮮は核・ミサイル開発を急ぎ、特に4月以降は重要な記念日ごとにミサイル発射など情勢を緊迫化させている。このような事態に中国は4月の米中首脳会談を契機に北朝鮮(北)制裁に乗り出してきたが、その間の米中間の角逐と協調の動きを見ておこう。
かつては北朝鮮の核抑止は中国を議長とする6者協議によって進められ、オバマ時代の戦略的忍耐戦略で実質的な核開発を進展させてきた。この無作為が北の核開発の進展を許したと見るトランプ大統領は、日米首脳会談の最中に北からミサイル発射を見せつけられ、北の核・ミサイル抑制の必要性を痛感したに違いない。
中国の対北戦略は、北朝鮮を存続させることで米軍勢力との鴨緑江を挟んだ直接対峙(たいじ)を避けることであり、その観点で中国はこれまで国連決議の北制裁でも最小限の対応にとどめてきた。今回、中国に実効ある核抑止制裁に踏み切らせたのは、米中首脳会談からで、一つは中国自身が貿易赤字解消問題の外に南シナ海など核心的利益とされる問題への米圧力を緩和させる条件で北朝鮮抑制を引き受けたのではないか。もう一つは「中国が行動しないなら米国単独でも行動する」との気迫と、会談の最中に断行されたシリア攻撃の示威効果であった。
これまで中国は朝鮮半島の非核化を外交戦略の目標としてきたが、近年の北朝鮮の挑発が米軍の攻撃を誘発する危険性を見て、北の核実験牽制(けんせい)とともに米韓合同軍事演習の中止も強く求めていた。実際、北朝鮮は4月以降、執拗(しつよう)な弱者の脅迫を反復していたがレッドラインとされる核実験を抑止できたのは、米空母カール・ビンソンの接近やペンス副大統領のアジア歴訪などの圧力もあったが、中国が力を入れた制裁効果は大きく、米中連携というより中国の積極的な抑止効果が目立ってきた。
その背景には周知のように、中国も党大会を控えて国内外の安定を図る必要があった。現に昨秋の「習近平を核心とする」決定など権力基盤を強化してきたが、習主席にとって外交戦略上でも米国と対等に渡り合え、大国の威信を保持する必要性があった。またこれまで中国が核心的利益としてきた南シナ海や台湾問題での安泰や近隣での軍事的トラブルの回避のためにも米中協調の姿勢が必要になり、対北抑制に力を入れてきた。このような中国の期待に応えてトランプ大統領は為替操作国の調査に当たり中国を外すなど取引的に報いてきたし、空母打撃群の北上に当たっても中国の対北抑制の成果を計りながら、南シナ海通過を避けるなど航路の選定や接近時間を調整して、中国の顔を立ててきた。
しかし北朝鮮は中国の思惑を見抜いて、米中狭間(はざま)のコマとして中国に利用されるより、直接米国との話し合いで60余年前の休戦協定を停戦協定に変えるとともに北朝鮮の体制維持を保証する米朝間の平和条約締結を目指している。このため北朝鮮は挑発に機敏に反応を示すトランプ政権こそ取り組みやすい相手と見て、中国の反対にかかわらず巧みに米国のレッドラインを探りながら挑発行動を反復する瀬戸際外交を反復している。
しかし新たに中朝間に対立が生じてきた。5月4日に北朝鮮は「中国は敵対勢力とグルになり、残酷な制裁にしがみついている」など初めて中国を名指しで批判した。長年血で結ばれた友誼(ゆうぎ)を否定する中国に「北朝鮮の忍耐の限度を試すな」とまで警告もしていた。この論調は朝鮮中央通信電であったが個人名の論評であって権威ある筋の発言ではない。これに対して中国側からも中朝友好協力相互援助条約の見直し論(環球時報5月6日)などを出しており、中朝間の政治的亀裂に発展する可能性ものぞかせてきた。
そもそも中国の半島非核化の主張には、北朝鮮の核開発が誘発する米国の先制攻撃の危機を予防するとともに韓国や日本の核開発などへの拡散防止が主な狙いと見られてきた。近年は北の核戦力化の進展によって中国自身も安保上の危機意識を持ち始めている。実際、北朝鮮の核開発基地は中朝国境から100キロの距離と言われ、事故など非軍事的な放射能災害の危機までが心配されている。中国の北の核抑止行動の積極化は、トランプ政権との取引外交上の側面もあろうが、中国が地域大国として真にアジアの安全と平和に責任を果たすステークホルダーとなるよう、見守っていく必要もあろう。
半島の非核化の実現にはなお遠い道程があるが、せっかくの中国の抑制努力を生かしながら長期戦での粘り強い牽制努力が必要になる。トランプ大統領は果断なリーダーシップを発揮してはいるが、その決断を支える政権スタッフの体制は整っておらず、政治任用ポストを補任するなど体制充実を急ぐ必要がある。同時に朝鮮半島の非核化に向けてわが国の外交・安全保障上の役割も重要になっている。特に北朝鮮の核抑止で米中連携が進む中で、日米同盟体制が埋没することなく地域の安全と安定へもさらなる貢献が必要になっている。その観点で先の日本海に向かう米補給艦の防護に海上自衛隊の護衛艦「いずも」などが出動するなど、せっかくの安保法制に基づく同盟国の責務を果たした実績は大きく、引き続き同盟強化に向けてアジアの地域大国としてのわが国の責任はますます重要になっている。(2017・5・7記)
(かやはら・いくお)






