宇宙制して世界を制す、中国が狙う戦略的高地
中国が宇宙大国に向けて急速に動いている。先月中旬、都内の科学技術振興機構(JST)で「飛躍的発展段階に入った中国の宇宙開発」と題して講演したJST研究開発戦略センター特任フェローの辻野照久氏は、「2015年の衛星打ち上げ回数は米国20回、ロシア26回、中国19回だったが、昨年は中国が米国と並び22回、ロシアが17回で3位に転落。今年は3月中旬までだと、中国がダントツの30回、米国5回、欧州(EU)・日本3回、インド・ロシア1回」という実態を説明した。
(池永達夫)
「GPS」や量子通信衛星も
辻野氏は、これから「海南島の文昌基地がロケット打ち上げ基地として表に立ち、西昌はバックアップ基地になるだろう。大原も使われなくなる可能性がある」と指摘した。従来の内陸基地ではロケットの搬送が鉄道利用という制約があることで、直径2メートル弱のロケットしか打ち上げることができなかったが、島の沿岸にある文昌基地では船で搬送できるため長征7号など直径5メートル級のロケット打ち上げが可能になった。
さらに辻野氏はゴビ砂漠の酒泉衛星発射センターから昨年8月に打ち上げられた量子通信衛星「墨子」に言及。粒子性と波動性を併せ持つ陽子を使っての通信はハッキングされた場合も痕跡が残り、暗号通信で使える。量子通信は中国を科学だけでなく軍事面でも挑戦的な最前線に押し上げる見通しだ。
また辻野氏は、07年1月11日に西昌から打ち上げられた人工衛星攻撃ミサイルにも触れた。同ミサイルは上空800キロの軌道を周回している気象衛星を打ち落とすことに成功した。ただ辻野氏が指摘したのは、破壊された気象衛星で大量のデブリ(宇宙ごみ)が発生したことだけだった。確かにデブリも大きな問題ではあるが、安全保障問題に触れなくては一面的だろう。
この衛星攻撃実験の成功に驚愕(きょうがく)したのは米国防総省だった。敵の衛星を攻撃するための「暗殺者の棍棒(こんぼう)」開発に励んできた中国人民解放軍の成果が出た瞬間だったからだ。手にした「暗殺者の棍棒」で中国は、宇宙空間における敵の目を覆い耳をふさぐだけでなく、欺くことも可能になった。
古来、戦略的高地を確保することは戦いの勝敗を分ける分水嶺(ぶんすいれい)でもあった。第1次世界大戦では偵察用気球が使われ、第2次世界大戦には偵察機が、現在は人工衛星ネットワークがその任に当たっている。
中国が究極的高みである宇宙の重要性に気が付いたのは91年の第1次湾岸戦争だ。地球を周回する衛星や停止衛星を使って戦場を大局から見下ろせる戦略的高地と情報優位が、同戦争で米国がほとんど戦死者を出すことなく短期間で勝利を手にしたポイントとなった。米国の戦死者は300人未満、一方、イラクの死傷者は10万人を超えた。
91年の湾岸戦争こそは、中国にとって本格的な宇宙時代が始まる節目となった。それ以来、中国は宇宙軍事力強化に大きく舵(かじ)を切った経緯がある。
大局から宇宙開発状況を見ると、チャレンジャー事故以来、大幅に縮小されたシャトル計画に代表されるように頭打ち状態の米国に対し中国は「月や火星、さらに先を目指す」と鼻息が荒い。
とりわけ中国は、宇宙要塞(ようさい)にもなり得る宇宙ステーションを精力的に建設中だ。この宇宙ステーションに配備されるのが宇宙から地上を狙う核兵器やロケット、衛星を破壊するビーム兵器でないとは断言できないのだ。
なお中国は、全地球測位システム(GPS)の中国版である「北斗衛星測位システム」を構築中だ。まもなく30基の衛星および停止衛星の打ち上げが完成し、誤差50センチというGPS並みの精度で全世界をカバーすることになる。