フィリピン副大統領、超法規的殺人を批判

 フィリピンのロブレド副大統領が国連機関に向けたメッセージで、ドゥテルテ政権で多発する超法規的殺人を批判し物議を醸している。時同じくしてドゥテルテ氏への弾劾申し立てが行われるなど、大統領府は政権転覆の動きがあると指摘し警戒を強めている。また欧州議会が超法規的殺人への非難決議を可決し、フィリピンへの免税措置の見直しを迫るなど、超法規的殺人をめぐる国際社会の厳しい目は、フィリピン経済にも影響を及ぼし始めている。
(マニラ・福島純一)

国連麻薬委でビデオ公開
大統領府、政権転覆の動きと主張

 ロブレド氏は15日に動画共有サイトに公開したビデオの中で、「国際社会や人権団体が、フィリピンの超法規的殺人問題を監視してくれていることに励ましと希望を感じる」と感謝を述べる一方、「昨年の7月からこれまでに7000人以上が殺害された」と指摘し、ドゥテルテ政権下で依然として超法規的殺人が続いている現状を訴えた。さらに警官が容疑者を発見できない場合に、その家族や親戚などの身内を令状なしに逮捕する「エクスチェンジ・ヘッド」と呼ばれるケースが多発していると主張し、国家警察による組織的な人権侵害の実態も訴えた。このビデオは、16日の国連麻薬委員会の年次会合で公開された。

ロブレド氏

ドゥテルテ政権で多発する超法規的殺人を批判したロブレド副大統領

 このビデオの公開に対しマルコス派の弁護士は、「憲法違反であり、公共の信頼を裏切るものだ」と指摘し、下院にロブレド氏の弾劾を求める書簡を提出した。先の副大統領選では、故マルコス元大統領の息子のボンボン・マルコス氏がロブレド氏と接戦の末に敗れているが、マルコス氏は集計に不正があったとしてやり直しを求めるなど、ロブレド氏と対立関係にある。またドゥテルテ大統領は、マルコス大統領の英雄墓地への埋葬を認めるなど、マルコス家と親密な関係があることで知られており、共通の政敵に対する牽制(けんせい)と言えそうだ。

 ビデオ公開直後の16日は、野党政党の下院議員から、超法規的殺人や不正蓄財などの理由で、ドゥテルテ氏に対する弾劾申し立てが行われた。ロブレド氏は関与を否定しているが、大統領府の報道官は、ロブレド氏が政権転覆を企てていると批判し背後関係を追及する姿勢だ。

 一方、ドゥテルテ大統領は、「彼女には言論の自由がある。これが民主主義だ」と、弾劾の動きに否定的な見解を述べた。さらに自分に対する弾劾請求が行われていることに触れ、「われわれは選挙で当選したばかりだ。ほかのことはともかく政府の構造をいじくり回すのはやめてほしい」と、与野党の弾劾合戦に不快感を表明した。

 上院議員からも相次ぐ弾劾請求に批判的な声が出ている。エヘルシト上院議員は、「まだ選挙から1年も経過していないのに、正副大統領に対する弾劾請求が行われては国際社会の笑い者だ」と指摘。さらに、国のトップ同士が争うことでフィリピンへの投資に悪影響が及ぶことに懸念を表明し、「互いに引っ張り合うのではなく協力を」と和解を呼び掛けた。またビラヌエバ上院議員は、「民主主義はあらゆる個人の自己表現の権利を保証する」と指摘し、ロブレド氏の弾劾に否定的なドゥテルテ氏の姿勢を支持した。

 超法規的殺人をめぐっては欧州議会が16日に、フィリピンで横行する超法規的殺人や、強権体制を批判する非難決議を可決し、ドゥテルテ氏が反発を強めている。非難決議では、麻薬取引への関与で逮捕された前司法長官のデリマ上院議員の即時釈放を求め、さらに国家警察が関与しているとされる超法規的殺人を強く批判。またドゥテルテ氏が犯罪対策の一環として主導している死刑制度の復活も停止するよう求め、もし改善されなければフィリピンへの免税措置を撤廃する構えを示した。

 これに対しドゥテルテ氏は、「あなたたちの文化や信念をほかの国に強要するな」と激しく反発。東南アジア諸国連合(ASEAN)ではマレーシアやインドネシアなどの国々が死刑制度を採用していると説明し、欧州とは事情が違うことを強調した。さらに「なぜわれわれに押し付けるのか?お前らの知ったことではない」と述べ、内政干渉だとして不快感を表明した。

 スエノ内務長官は、人権問題をめぐる誤った国際社会からの批判により、米国からの4億3400万ドルの助成金が失われたほか、欧州での27の貿易協定を失う危機に直面していると指摘し、経済への影響を懸念。ドゥテルテ氏の対立勢力が招いた結果だと指摘し、その中心人物としてロブレド氏を批判した。

 国内での高い支持率を誇るドゥテルテ政権だが、国際社会との溝はさらに広がりつつある。重要課題の麻薬戦争は依然として落とし所が見えず、ドゥテルテ氏は難航する犯罪対策や南部でのイスラム過激派掃討をめぐり、戒厳令も辞さない構えを見せるなど、その民主主義に逆行する姿勢に懸念も広がっている。今後も人権問題をめぐる国際社会との対立は強まりそうな雰囲気だ。