ミャンマー政府、ロヒンギャ問題で外交攻勢

 ミャンマー政府の実質的トップであるアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相は、12月初旬に予定していたインドネシア訪問を取りやめた。ミャンマー西部ラカイン州で国軍がイスラム教徒ロヒンギャを迫害しているとして、ジャカルタのミャンマー大使館前などで抗議デモが起きたためだ。ミャンマー政府はこのロヒンギャ問題に対処するため、19日にヤンゴンで東南アジア諸国連合(ASEAN)の非公式外相会議を開催する。(池永達夫)

あすASEAN非公式外相会議

人権侵害疑惑を否定へ

 ロヒンギャとは主にミャンマー西部ラカイン州に居住するイスラム教徒少数民族。国連推計で約80万人が同州に暮らす。

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焼け落ちたイスラム教徒の家=10月14日、ミャンマー・ラカイン州北部マウンドー(AFP=時事)

 ラカイン州では人口増加を続けるベンガル系イスラム教徒のロヒンギャに仏教徒住民が危機感を抱き、2012年には双方が衝突して200人以上が死亡した。

 今年10月には、ロヒンギャとされる武装勢力が軍や警察施設を襲撃し、兵士ら十数人が死亡した。ミャンマー政府はパキスタンなどでテロ組織から軍事訓練を受けた男が数百人の集団を率いて襲撃を実行したとして、掃討作戦を実施、「構成員70人を殺害した」としている。

 国連はこの混乱でロヒンギャ3万人が家を追われ、ロヒンギャが集中するラカイン州北部への15万人分の医薬品や食糧支援が40日以上、滞っていると批判した。さらに国連当局者が英BBC放送の取材に対し、ロヒンギャの「民族浄化」が進んでいると発言したことで、ミャンマー政府が反発を強めた経緯もある。

 隣国バングラデシュにはロヒンギャ難民が多数流入。国連によると、ラカイン州から国境を越えてバングラのコックスバザールに逃れたロヒンギャ難民は過去2カ月で推計2万7000人に達している。バングラ外務省は先月下旬、事態収拾を求めた。

 昨年には弾圧を逃れて密航したロヒンギャ数千人がマレーシアなどの周辺国に漂着し、国際問題にもなった。タイ南部にいるロヒンギャ難民は、今年からミャンマーへ強制送還され始めている。こうした不安と不満を抱えるロヒンギャで過激派組織「イスラム国」(IS)が浸透する懸念もある。

 ロヒンギャ問題の根源は、ミャンマー軍政時代の1982年に制定された国籍法で、ロヒンギャが無国籍状態に置かれたことだ。その意味では、国籍付与が解決の糸口になるものの、仏教徒が9割を占めるミャンマー人にとって宗教や言語、風貌が違うロヒンギャ排斥感情が強く、そうした世論を政治がリーダーシップを発揮して抑え込むことが難しい。スー・チー氏は今秋、アナン前国連事務総長をロヒンギャ問題調査の特別諮問委員会委員長に据えたが、仏教徒団体などの反対で状況は改善していない。

 3月の新政権発足以来、スー・チー氏は積極的な外交を展開。タイやラオスなどASEANを手始めに、米英中日を訪問した。天然資源に恵まれたミャンマーだが、軍事政権時代の国際的孤立で経済は大きく立ち遅れてきた。しかし、経済的影響力こそ小さいが地政学的重要性をてこに使った日中天秤(てんびん)外交で、両国から経済協力を引き出したのは成果だった。11月、日本を訪問したスー・チー氏に安倍晋三首相は、5年間で8000億円規模の支援を行うと約束した。

 米国からは経済制裁全面解除を取り付けた。制裁対象として残っていたのは旧軍政幹部や関連企業だった。軍政下でスー・チー氏は民主化を促すとして、これらの経済制裁を支持してきた経緯があるが、今回は旧軍政幹部のため、米国と掛け合った格好になった。スー・チー氏率いる国民民主連盟(NLD)と軍の連立政権であるミャンマー政府にとって、軍を敵に回せば政権運営自体が行き詰まることから、軍との協調路線を選択。そのためロヒンギャ迫害の軍部を追及し切れない側面がある。

 ミャンマー政府はこのロヒンギャ問題に対処するため、19日にヤンゴンでASEANの非公式外相会議を開催する。ロヒンギャに対する人権侵害疑惑が指摘される中、ミャンマー政府は、ASEAN各国に疑惑を改めて否定し、イスラム教徒の多いマレーシアやインドネシアを中心に広がっているミャンマー政府への批判や懸念を抑えたい意向だ。