カーター米国国防長官の「孤立の長城」発言に思う

杉山 蕃元統幕議長 杉山 蕃

強硬に振る舞う中国軍

心配な先端部隊の軍紀・規律

 今月初め、アジア安全保障会議において、カーター米国国防長官は「中国は南シナ海で自らの孤立を招く長城を築きかねない」と発言し、航行の自由、人工埋め立て地が領海の基点になりえない等の国際基準の順守を促した旨報道された。国際的な観点からは大変理不尽に見える中国の行動、特に浅瀬・岩礁の埋め立て、領土宣言、軍事基地化、そして南シナ海全体を領海とする動きに対し、米国が本腰を入れて反対する姿勢を改めて示したと受け止めている。

 本件に限らず中国のやり方、中国人の行動は、決して国際的に歓迎されているものではない。以前も紹介したが、筆者が欧州大手クルーズ会社の地中海旅行を家族で楽しんだ際、客室担当のスチュワード(インドネシア人)から「本船の乗客は約2000名、ノーC、ノーKです」と告げられた。心は、上品な客層と言いたかったようである。クルーズ先のギリシア、イタリア、トルコの観光地での中国人観光団の雰囲気から、「ノーC」の発想の根源もよく理解できた。同じ東アジア人として、これはまずい、愛され信頼される中国人のイメージを取り戻さなければと同情した。

 このころ、中国は「一路一帯」経済圏構想を明らかにし、陸路、海路の双方から西方への経済圏構築、AIIB(アジアインフラ投資銀行)設立の動き、アジア・アフリカ諸国への微笑外交、PKO活動の積極化など、国際的評価獲得への動きを開始していた。基本的には良いことであり、各国の中国に対する不信感・嫌悪感が改善され、中国人の諸外国での振る舞いが改善されていけば非常に結構なことと考えている。

 半面、南シナ海での強硬な主張、姿勢は無理難題の感があり、適当な落としどころを考えない限り、不安定状態を継続する恐れが強い。まさに「孤立の長城」の感があり、国際仲裁裁判所の結論も近いと予想される時期、事態の好転を期待するところ大である。

 翻って、軍事的側面から中国軍を見てみたい。周知の通り中国の軍拡は目を見張るものがあり、その膨張ぶりは、「昭和初期の日本軍以外に例を見ない」(漢和防務評論)ほどである。軍備拡大とともに強圧的な振る舞いも散見され、場合によっては「軍事的恫喝」の段階に進みつつあると言える。特に筆者が心配するのは中国先端部隊の軍紀、規律である。

 約15年前には、海南島事件(公海上空飛行中の米海軍電子情報収集機にスクランブル発進した中国戦闘機が接触・墜落)に見られるように、当時の中国空軍部隊は規律面、技量面でスクランブル対応するようなレベルになかった。特に事故操縦者はそれまで何回も過激な行動に及び、米海軍部隊では「悪童」とあだ名していたという。本人が自己のメイルアドレスを大書した紙をコックピットに広げている写真が公表されており、厳正な規律が要求される戦闘機操縦者としては、なんとも下司な振る舞いと言う他ない。

 その後、中国軍の近代化が進み、新鋭戦闘機、新型戦闘艦が大量に配備され、部隊規律の面で向上が期待されたところであるが、その後も頻発する日米艦艇・航空機に対するミサイル照準レーダーの照射、接近飛行等が報ぜられ、先端部隊に規律が行き届いているとは言い難い状況にある。

 今月初めにも、日米印による共同演習「マラバール」に関連し、ロシア艦艇の尖閣周辺接近航行、これを追尾調査したと思われる中国艦艇の領海接近航行が報道された。軍の平時の行動として、周辺国の軍事的動向に対し、警戒監視、情報収集を行うのは国際的にも是認されるところである。しかし、その一投足は、一つ間違えれば国際的緊張を悪化させる極めて重要な位置づけにある。従って、極めて厳正な対処要領と部隊規律をもって対応しなければならないし、その厳正さが部隊士気の根源となるものである。

 防衛省の発表では、平成27年度の緊急発進回数は870回を超える高水準で、中でも尖閣・東シナ海方面での中国機に対する措置が多く、全体の65%に達したという。特に那覇に所在する飛行隊は500回を超える対応を強いられており、当該部隊のご苦労を多としたい。これらの状況を受け、航空自衛隊は在沖縄航空部隊を増強、那覇基地所在の航空隊を航空団に格上げし、2個飛行隊体制としたという(1月31日付)。誠に結構なことで、現状からみて当然の処置と言える。

 不測事態への発展防止のキーポイントは十分な兵力量を高い規律の下に維持し、毅然たる体制を保つことは論を俟たない。各自衛隊の諸官には、領海・領空主権堅持のため、益々の精進を願うものである。

 特に中国は、伝統の便衣兵運用、人民と兵隊の区別がつかないことを指向した「工人服」時代など国際的慣行を無視した独自の基準を強行してはばからない。最近も、海南島事件に関し、EEZ上空の排他性を主張したり、非常識な範囲にまでADIZを設け、当該空域内飛行に対し解放軍への通報義務を課したり、南シナ海全域の領海化を主張したり、その傾向は留まるところがない。

 軍備拡張に伴い公海上での活動がますます活発化するであろう中国軍に対し、軍事面でも「孤立の長城化」を避けるよう国際慣行に基づく毅然たる対応と、対話の努力が必要である。

(すぎやま・しげる)