退任直前の馬台湾総統、親日新政権に揺さぶり
沖ノ鳥島へ軍艦派遣
対中融和へ傾斜してきた台湾の馬英九総統は20日に蔡英文次期総統が新総統に就任するのを前に、4月27日、日本最南端の沖ノ鳥島(東京都小笠原村)について中国や韓国と同様、「島ではなく岩礁」とし、日本は排他的経済水域(EEZ)を設定できないと主張して海軍所属の巡視船を沖ノ鳥島周辺に派遣するなど政権交代直前に新たな混乱を誘発させている。
(香港・深川耕治)
漁船拿捕で一転強硬姿勢
台湾はこれまで「(岩か島かについて)国際法上の地位については争いが存在する」(台湾外交部)として事を荒立てないスタンスで「岩」との明言は避けていた。しかし、4月25日に同海域で操業していた台湾漁船「東聖吉16号」の船長が海上保安庁に無許可操業の疑いで逮捕され、漁民らが反発。与野党問わず、立法委員(国会議員)も日本に反発する言動に転じている。
沖ノ鳥島については中国や韓国が「岩」と主張。中韓と軌を一にする主張に転換し、馬総統は27日に安全保障担当の高官会議を開き、公文書では「沖ノ鳥島」ではなく「沖ノ鳥礁」と表記するように指示。海岸巡防署(海上保安庁に相当)などに漁民保護のための具体策立案も求め、蔡英文次期総統の就任後も簡単に変更できないようにしようと、政治的思惑の色濃い措置を取っている。
台湾の張善政行政院長(首相)は「わずか畳3枚分の大きさしかないのに、どうすれば島と言えるのか」などと言及し、台北市にある日本の対台窓口機関「交流協会」の事務所前で漁民らが与野党の立法委員らと日本への抗議活動を展開し、台湾メディアでは建物に向かって生卵を投げる場面も報じられている。
馬総統は退任直前に沖ノ鳥島を「島ではなく岩」と主張して政治的な方針転換を行っているが、台湾の教科書の中には国民中学8年次(中学2年生用)の社会科教科書(翰林出版社)では沖ノ鳥島を明確に「島」と規定して記載。
同社の教科書は台湾最大の行政区である新北市(旧台北県)では市内73の公立中学のうち44校で採用されており、シェアが過半数を占めている。一連の動きの中、中学生らから批判の声が上がり、教科書自体に修正が加えられる動きが強まっている異常事態となっている。
中台融和に突き進んだ8年間の国民党政権が幕を閉じる直前、政権交代しても前政権の外交姿勢を引き継がせたい政治的思惑から台湾人の領有権感情をたきつけることで中国大陸資本が強い台湾メディアも過熱報道。2005年10月当時の民進党政権下、台湾漁船が沖ノ鳥島沿岸で操業中に日本の海上保安庁に拿捕(だほ)された際、「陳水扁政権は日本政府に強い抗議を行わなかったことが問題」(陳志清農業委員会主任委員)との過去の民進党政権批判まで噴出させている。
5月1日、台湾海巡署と行政院農業委員会漁業署(水産庁)は台湾南部の高雄港から1000トン級の巡視船1隻と漁業訓練船1隻を出港させ、沖ノ鳥島近くの海域に派遣。国民党の洪秀柱主席は「二つの岩礁を合わせてわずか9平方メートルしかないので国連海洋法公約での島に符合せず、日本が台湾漁船を拿捕することはできない」とし、4月、ケニアでネット詐欺を行っていた台湾人45人を含む77人が北京空港へ強制送還された事件で中国政府に抗議したのと同様に「日本政府に抗議せよ」と蔡英文次期総統に迫っている。
一方、次期駐日代表に内定している謝長廷元行政院長は馬政権が軍艦を沖ノ鳥島周辺に派遣したことについて「対日宣戦布告をしているようなもの。台湾は米国から最新鋭の武器を購入しているのに、日米安保条約がある以上、米国への宣戦布告などできるわけがない」と馬政権の強硬姿勢を批判している。
台湾では「日本と対峙(たいじ)した場合、米国の仲介なくては解決できない問題」(台湾外交部の蔡明耀亜東太平洋司秘書長)、「国際司法裁判所へ付託しようとしても日本側の同意がなければ解決は進まない」(亜東関係協会の周学祐副秘書長)との厳しい見方が大半だ。
5日、台北入りした安倍首相の実弟である岸信夫衆議院外務委員長は蔡英文次期台湾総統と民進党本部で会談。沖ノ鳥島問題や世界衛生大會(WHA)へのオブザーバー参加問題について約1時間にわたって話し合い、環太平洋連携協定(TPP)の台湾加入や台湾と日本の自由貿易協定(FTA)締結に向け、国民党政権時代とは違う早期解決に向けた双方の立場を確認し合っている。
沖ノ鳥島は日本最南端の無人島で日本の国土面積を若干上回る約40万平方キロのEEZを持つ。満潮時も海面に出ているのは北小島と東小島だけで、日本政府は周囲にコンクリートの保護壁を造るなどの保全策を取っている。
岸田文雄外相は馬総統が沖ノ鳥島を「島ではなく岩礁」と主張したことについて「受け入れない。沖ノ鳥島は国連海洋法条約上、島としての地位が確立しており、周辺にはEEZが存在する」と述べ、日本の対台窓口機関である交流協会を通じて抗議している。