中国の南シナ海領有の野望
巧妙に進める実効支配
国際協議による解決が重要
APEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議、ASEAN(東南アジア諸国連合)関連首脳会議が行われ、懸案の南シナ海における中国の一方的な領有権主張、岩礁・浅瀬への飛行場建設等の力による現状変更について、オバマ大統領、安倍総理をはじめとし、関係国からも中国牽制の表明があった。米国による人工島海域(中国は領海と主張)での海軍艦艇航行と相俟って、南沙問題に新しい展開が見られる状況にあり、若干の所見を披露したい。
南シナ海で領有権を争っている島嶼、洲、岩礁、浅瀬は、主としてパラセル諸島(西沙)、スプラトリー諸島(南沙)、スカボロー礁(中沙西部)である。何れも昭和14(1939)年日本が占領、領土編入(新南諸島、西沙諸島)したものだが、終戦により撤退、サンフランシスコ条約によりその権利、権原、請求権を放棄した。
戦争直後から関係国の領有のための活動があり、中華民国(現台湾)は艦艇をもって調査し、全島嶼の領有を主張、遷台後もその領有権は中華民国にあるとし、一部の島嶼を実効支配している。台湾と大陸とほぼ等距離の東沙諸島は台湾の国立海中公園として航空機の運航が行われている。
パラセルはベトナムと中国・海南島からほぼ等距離にあり、越・中・台が領有権を主張しているが、ベトナム戦争当時の中越軍事衝突で中国が圧勝して以降、中国の実効支配が続いている。永興島には滑走路はじめかなりの機能が集約設置され、海南島防衛の前線基地能力を有する。
スカボロー礁は中沙西部、ルソン島から200㌔㍍にある中沙唯一の岩礁であり、フィリピンが領有を主張してきた。本年に入り中国が人工島を建設し、滑走路を完成させ実効支配している。
南沙諸島は、台湾、中国、ベトナムが領有権を主張しており、フィリピン、マレーシア、ブルネイがそれぞれ領土に近い島嶼の領有を主張している。台湾(太平島)、フィリピン、マレーシアは、それぞれ簡易滑走路を有する島嶼を実効支配している。中国は浅瀬・暗礁を利用し人工島の建設を進めており、軍事拠点化の恐れがあり懸念材料となっている。
中国の南シナ海における傍若無人とも言える実力による実効支配の急速な動きは、実に巧妙である。軍事力を背景に、地勢的に遠く離れて無理があるスプラトリーを含めて領有権を主張すること自体、周辺国の抵抗が強いが、経済援助等「アメとムチ」を使い分け、最も恐れるフィリピンの元統治国である米国の関与を避けるため、「当事国同士の協議」を前面に、まさにハイブリッドなアプローチを展開している。
時機的にも、ピナツボ火山大噴火の影響でフィリピンが米国との基地提供協定を更新せず、米軍が去った後の軍事的空白を最大限に利用した。本年に至って、あまりの膨張戦略に米国はじめ関係国が対抗策に出た。米国は従来、航行自由、経済活動活性化を原則とし、領有権問題は当事国の協議を優先し、積極的関与を避けてきた。しかし、ここにきて及び腰のオバマ政権も、「米国が引けば引くほど世界各地で不安定状況が悪化する現実」に対応せざるを得ないと認識したのであろう。
とは言え米国は事態悪化に備えるため、新米比協定の締結(米軍地位協定)、巡視船供与、ベトナムとの共同演習・艦艇寄港、南シナ海の常続的哨戒など対中国圧力の土台を積み重ねた。今回は「人工島、埋め立て地は、領海の基点にはなり得ない」との国際法に則り、海軍艦艇を人工島海域に派遣し、今後も適時実施するもので、中国にとっては法的にも反論の根拠がなく、事態の変化に対応しきれない状況となっている。遅きに失した感は否めないが、シーレーンの航行自由が必要な我が国や周辺国は歓迎すべきだろう。
中国の狙いは、領海と主張する「九段線」内の南シナ海殆どの支配である。これは、他の沿岸国を無視した強硬過ぎる主張であり、軍事力を背景に実効支配を拡大するやり方は、国際社会が連携して阻止すべきものだ。南シナ海の海洋・海底資源の確保が目的との論評が多いが、そんな甘いものではない。着々と進める海南島の戦略基地化(戦略ミサイル原潜基地、空母母基地)をより一層堅固にし、外国軍船の進入を拒否する戦略が裏にある。さらに南シナ海全体を領海にし、その周辺に防空識別圏(ADIZ)を設ければ、現在南シナ海中央を通っている世界最大の交通量であるマラッカ海峡シーレーンを制することとなり、事態は重大である。
そもそも、南シナ海における領有権争いの根源は、サンフランシスコ条約の曖昧性にある。日本の台湾・澎湖諸島・南沙・西沙の権利、権原、請求権の放棄(renounce)を明記したが、その結果、何れの国に従属させるのか一切言及がない。日本の領土編入以前の領有国は仏領インドシナ(ベトナム)、フィリピン(米国の統治下)、英領マラヤ(マレーシア)であり、米英仏にはそれなりの関連がある。また、以前紹介した下関条約にさかのぼり「中国は台湾及び付属の島嶼・澎湖島を永遠に日本に割与」した経緯があり、台湾高雄市に編入されていた南沙、西沙は永遠に中国領とはなり得ないとする説もある。本件、中国の主張する二国間交渉ではなく、関係国の国際協議による解決が何より重要と考えている。
(すぎやま・しげる)






