習主席が進める新軍事改革
国家安全委などを創設
安全保障分野でも権力強大
中国では共産党中央委員会第3回全体会議(3中全会)の「公共安全体系の健全化」の決議を受けて中央国家安全委員会(国家安全委)が創設された。また、中央軍事委員会の下に「国防・軍隊建設改革領導小組」も設立された。習近平はそれぞれのトップの座に就き、権力集中を進める中で、国家の安全保障に関わる部門でも強大な権力を握ったことになる。
習政権が追求する「中国の夢」の実現には、内外の戦略環境が必要とされ、軍事力建設や中国内の安定維持の強権システムの掌握とそれらを統一的に指揮・管理する総合的な体制の構築が必要となる。その観点から国家安全委の創設は習政権が進める軍事改革の重要な一環でもある。
まず、国家安全委創設の背景としての中国の情勢認識を見ておきたい。中国は近年、米中パワー・バランスが変わり始めたと認識している。実際、米国は2012年には世界の2正面紛争への同時対処を放棄する新軍事戦略を発表し、影響力の低下は否めない。
このような趨勢(すうせい)を受けて、中国の安全保障環境に対する公式の情勢認識を最新版の国防白書(13年)『中国の国防』(第1章)から要約しておこう。まず、安全保障環境を総括的に「伝統的脅威と非伝統的脅威が混在し、安全保障上の問題が複雑に顕在化した」と認識し、「中国は多元的で複雑な脅威と挑戦を受けており、軍事的および非軍事的脅威が絡み合う事態への対応に迫られ、中国は国家統一、領土保全、発展の重い任務に難渋している」と見ている。
また、米国を指す「覇権主義、強権政治、新たな干渉主義の台頭」を中国の主要な脅威と指摘し、「ホットスポットをめぐる衝突は絶えない」との警戒感も抱いている。そして米国のリバランス戦略を受けて、「アジア太平洋地域が世界の経済発展と大国の戦略ゲームの主要舞台となる」との認識を示し、また「テロリズム、分裂主義、過激主義の三つの勢力の脅威が安全上の脅威」とも見ている。
その上で、14年に上海で開催された「アジア信頼醸成措置会議(CICA)」の場で習主席は「アジア新安全保障観」を提唱した。その趣旨は、①中国は上海協力機構(SCO)など地域安全保障協力に積極的役割を果たす、②アフガニスタンの平和・復興などアジア太平洋地域の安全保障・協力や地域の経済成長の促進に貢献する、③平和共存5原則を踏まえ平和的発展はアジアに依拠し、アジアの手でもたらす、④隣国をパートナーとし、親密、誠実、恩恵、包容の理念でシルクロード経済ベルトと21世紀海上シルクロードの建設を加速する、⑤「三つの勢力」(テロ、分離、過激主義)をアジア共同で取り締まる、などに要約できる。
これらを踏まえて3中全会後のコミュニケでは「中央国家安全委員会」の設置や国防・軍隊改革の実行が提示され、その目的は国家の軍事改革にあるとされていた。国家安全委の役割・機能には、政治、経済、文化、情報、社会の安定など非軍事的な安全まで含まれている。たとえばネット安全、また分裂主義問題、外国勢力の介入に関する事件などに対する安全維持の機能を発揮することになる。
また組織的には、習近平が国家安全委主席に就任し、党内ナンバー2、3の李克強、張徳江を副主席に従え、国内外の安全保障政策に対応する強力な体制を整えた(中国通信、14・1・24)。この国家安全委は常設機関として国内外の安全保障に関わる強大な権限を行使する司令塔になると推測され、関わる党・政府部門は公安、国家安全、解放軍、武装警察、外交、交通、経済、情報、対外宣伝、香港マカオ台湾部門など広範にわたっている。
しかし、そのような司令塔は、国内外の安全対策には効率的に機能を発揮しようが、中国のように三権分立など政治権力の相互抑止が利かない共産党独裁下の集団指導体制では、習近平1人に突出した権限が集中することは幾つかの問題につながってくる。
課題の第一は、習近平への過度な権力集中の弊害と反発の問題である。習近平が政治局で突出したパワーを手中にすることは、反発も含めて新たな権力闘争の火種を内在させてくる。第二の課題は、中央国家安全委員会が軍事、非軍事的脅威への対応を一手に指揮・指導することになれば、これまで武装力への統帥権を専有してきた党・国家中央軍事委員会との権限が確執する可能性である。二つの強大な権力機関の役割分担や権限上の競合は政治的混乱の種となる。第三に、組織的に中央国家安全委員会はあくまで党の組織であって、憲法など法律に位置づけられないままで国家行政機関を管理するところに問題が生じそうだ。
このような課題を抱えながらも、習近平によって進められる軍事改革はまず「中央国家安全委員会」の創設が先行しており、これは時代が求める趨勢と見るべきであろう。さらに軍事改革として着手されている「国防・軍隊建設改革領導小組」の活動も極めて重要であり、今後はこれらの進展を注視していく必要があろう。
ともあれ、80年代に”小平の手による大胆な軍事改革が断行されて以降、久々に習近平によって着手された。国家安全委の創設などの軍事改革は今後の共産党統治の安定に関わる措置として、その推進動向が注目される。(敬称略)
(かやはら・いくお)