周永康氏失脚、政敵追放にすぎない汚職摘発


 「トラもハエも一掃する」と公言し、汚職追放に邁進(まいしん)してきた中国の習近平政権は、共産党政治局常務委員だった周永康氏を失脚に追い込んだ。胡錦濤前政権下で9人、習政権下で7人の政治局常務委員会は国家の最高意思決定機関だ。その権力の頂点にいたメンバーが立件されることになった。これまで政治局常務委員に関しては、党の分裂回避や威信保持のため、不逮捕特権の不文律があった。そうしたタブーを侵してまで習氏は周氏の不正にメスを入れた。

 権力を集中する習氏

 党中央規律検査委員会などは、これまでに周氏周辺の関係者約350人を拘束し、本人や親族、側近らを含めて総額で1000億元(約1兆6500億円)に上るとみられる蓄財・資産の実態解明を進めている。

 確かに中国で腐敗や汚職は深刻だ。かつて蒋介石は「腐敗を追求すれば党を失う。しかし、腐敗を放置し続ければ国を失う」と述懐したことがある。その意味で、汚職問題は中国人の歴史的課題なのかもしれない。

 近年では胡氏が「腐敗と戦わなければ党も国家も失う」との危機認識を先の共産党大会で示したばかりだ。

 だが個別に大物政治家のトラや小役人のハエをいくら捕まえたとしても、腐敗一掃は不可能だろう。中国には司法の独立がないため、権力者の恣意によって汚職摘発は政敵追放の手段に使われるだけだからだ。

 「中原に鹿を逐(お)う(逐鹿〈ちくろく〉)」とは、天下の中央で帝王の位を得ようと争うことをいう。その意味で習氏は強大な権力を手にした「赤い帝王」に上り詰めるため、「中原にトラを逐う」作業に没頭してきたとも言える。

 何より習氏が2年前、共産党総書記になり、翌年に国家主席に就任して以後、これまでの集団指導体制から逸脱して、権力集中を進めてきた経緯がある。

 習氏は司法や治安機関を統括する党中央政法委員会書記(前任は周氏)を常務委員から外すとともに、今年1月には治安維持と安全保障を統合する新設の中央国家安全委員会(中国版NSC)主席に就任した。いわば周氏の影響力を削(そ)ぎ落とした上で、その強大な権力を自らのものとしたのだ。

 党総書記、中央軍事委員会主席、国家主席、中央国家安全委主席の座に就いただけでなく、これまで首相が持っていた経済運営の実権まで手にして前例がない権力を掌握した。

 習氏は、いわば毛沢東や鄧小平にも似た皇帝型の権力を手にしたわけだが、政治の世界では強さは同時に脆(もろ)さでもある。とりわけ腐敗一掃のトラ狩りで多くの敵をつくったため、それなりの実績を上げ上昇気流に乗って求心力を得ている間はともかく、いったん政権が頓挫し負のスパイラルに入った時、一気に怨念の津波にのみ込まれることが懸念される。

 対外的冒険主義を危惧

 そうした場合、政権の求心力を高めるために対外的な冒険主義に走ることも危惧される。この時、「中華復興の夢」は「世界の悪夢」となる。中国共産党は政権維持のためであれば何でもすると覚悟しておかなければいけない。

(8月1日付社説)