フィリピン大統領選の構図変化

サラ氏「副」でマルコス氏とペア
ドゥテルテ氏は引退撤回し上院選へ

来年のフィリピン正副大統領選で、勢力図を塗り替える大きな動きがあった。これまで高い支持率がありながら大統領選への出馬を否定してきたドゥテルテ大統領の長女でダバオ市長のサラ・ドゥテルテ氏が、土壇場で市長選立候補を弟に譲り副大統領選への出馬を決めたのだ。サラ氏は世論調査で首位となっている大統領候補のマルコス元上院議員とペアを組み選挙戦に臨む。これに触発されたのかドゥテルテ大統領も政界引退宣言を撤回し、上院選への出馬を発表した。
(マニラ・福島純一)

フィリピンのドゥテルテ大統領(中央)と長女のサラ氏(右)=2017年4月、南部府ダバオ市(EPA時事)

 以前からドゥテルテ氏はサラ氏が大統領選に出馬するとの発言を繰り返してきており、与党PDPラバンも代理候補を立ててサラ氏の出馬に備える動きもあった。しかし、サラ氏は最終的にドゥテルテ氏が所属するPDPラバンではなく、別政党から副大統領選に出馬。しかもペアを組んだ大統領候補も与党公認ではないマルコス氏となるなど、与党陣営の期待は大きく外れた格好となった。

 サラ氏の副大統領選への出馬が発表されると、政府筋からドゥテルテ氏が副大統領選に出馬するとの発言も飛び出し、父娘対決かとメディアを賑(にぎ)わせたが、結局ドゥテルテ氏は上院選への出馬に落ち着いた。

 ドゥテルテ氏は娘のサラ氏がマルコス氏とペアを組んで来年の選挙に挑むと発表されると途端に態度を変え、「金持ちの息子の大統領候補が違法薬物をやっている」「甘やかされて育った子供」などと公然とマルコス氏への批判を展開した。

 しかし、マルコス氏は野党の大統領候補であるロブレド副大統領とは、前回の副大統領選での敗北などもあって対立関係にあり、どちらかといえば与党に近い立場にある。マルコス氏とサラ氏の共闘は、良好な両家の関係を象徴しているとも言えるだろう。そのためドゥテルテ氏のマルコス氏への一連の批判は、単なる“プロレス”との見方が強い。前回の選挙でドゥテルテ氏とマルコス氏が、ペアを組んでいたことを忘れてはならない。

故マルコス大統領の長男マルコス元上院議員(左)と母イメルダ氏=2019年4月、比北部の北イロコス州(EPA時事)

 独裁政権を敷き亡命を強いられたフェルディナンド・マルコス元大統領の遺体を、多くの国民の反対を受けながらも英雄墓地に埋葬するのを認めたのもドゥテルテ氏だ。マルコス家の長年の念願を叶(かな)えたことにより、両家の関係が非常に深いものとなったと考えるのが普通だ。

 ドゥテルテ氏が副大統領選から退き、繰り上げで与党公認の大統領候補となったボン・ゴー上院議員は明らかに力不足で勝ち目はありそうにない。今後、ドゥテルテ氏が娘と共に、マルコス氏の支持に回る可能性も十分にあり得る。ドゥテルテ氏も上院議員選に立候補しているとはいえ、野党に政権を取られてしまえば、国際刑事裁判所(ICC)の麻薬戦争をめぐる責任追及にさらされることは火を見るよりも明らかだ。

 特に野党の大統領候補であるロブレド氏はドゥテルテ政権批判の急先鋒(せんぽう)で、閣僚職を追われても一貫して批判をやめなかった。また,麻薬戦争を批判してきたフィリピン人ジャーナリストがノーベル平和賞を受賞するなど、国際的な風当たりも確実に強まってきている。

 正副大統領選でマルコス氏とサラ氏が当選、さらにその次の大統領選でサラ氏が当選すれば、ドゥテルテ氏はこれらの追及から長期間にわたって逃れることが可能となるだろう。フィリピンではこれまでにエストラダ元大統領、アロヨ元大統領が任期終了後に有罪を言い渡されるなど、大統領経験者が刑務所行きとなることは珍しくない。

 民間調査会社のソーシャル・ウェザー・ステーション(SWS)が15日に発表した世論調査では、マルコス氏が47%の支持でトップとなり、これに18%のロブレド氏、13%のモレノ・マニラ市長、9%のパッキャオ上院議員という結果となった。マルコス氏はサラ氏が大統領選への出馬を否定してから急速に支持を伸ばしており、サラ氏の支持者がマルコス氏に流れた可能性が高い。今回サラ氏がマルコス氏と正式に組んだことで、この傾向がさらに加速することも考えられる。