フィリピンで麻薬対策トップ人事、野党の副大統領を責任者に

 フィリピンで、ドゥテルテ大統領が驚きの人事を発表した。国内外で物議を醸している麻薬戦争に対して人権批判の急先鋒である野党のロブレド副大統領を、麻薬取り締まりの責任者に任命したのだ。野党陣営からは懸念の声も挙がったが、ロブレド氏は任命に応じてドゥテルテ氏の挑戦を受けて立つ構えだ。
(マニラ・福島純一)

ドゥテルテ氏 失敗押しつけか

 ドゥテルテ氏が10月31日付でロブレト氏を任命したのは、反違法薬物省庁間委員会(ICAD)の共同委員長のポスト。同委員会は司法長官や麻薬取締局、国家警察などの責任者で構成されており、麻薬戦争の方向性を決める最前線の組織だ。ロブレド氏はドゥテルテ氏に任命される1週間ほど前に、外国メディアからのインタビューを受け、「すでに麻薬シンジケートに深刻な脅威を与えているにもかかわらず、依然として麻薬の横行が続いている」と発言し、取り締まりの手法が機能していないと痛烈に批判した。さらに数千人が麻薬捜査絡みで殺害されているにもかかわらず、麻薬の供給量が減少した証拠もないとして、人権を無視した捜査の在り方に疑問を呈した。

ロブレド副大統領

ロブレド副大統領(フィリピン副大統領府提供)

 国家警察によると逮捕に抵抗した麻薬の売人や使用者など、これまでに約7000人が警官によって射殺されている。一方、人権団体は正体不明の襲撃者による処刑スタイルの殺害を含めると、麻薬戦争における死者は2万7000人に達すると主張している。

 このようなロブレド氏の批判に激怒したドゥテルテ氏は、「彼女は外野から文句を言うだけだ」「もし私よりも有能というのなら、彼女が対処すればいい」と述べ、一方的にICADの共同委員長にロブレド氏を任命し、挑戦状をたたきつけた。

 大統領府のパネロ報道官は、ロブレド氏に2022年の任期終了まで国家警察や麻薬取締局などに対する閣僚レベルの監督権限が与えられると説明し、完全な支援体制が整っていると強調。「ロブレド氏の成功はフィリピン国民の成功でもある」「もしロブレド氏が任命を拒否すれば、彼女のこれまでの批判はすべて無意味であり根拠を失う」と挑発して、任命を受け入れるよう求めた。

ドゥテルテ大統領

ドゥテルテ大統領(AFP時事)

 これに対しロブレド氏の報道官は、ロブレド氏が閣僚だった2016年に麻薬問題に関する提案を行ったが無視され、閣僚辞任を強いられた出来事を指摘。ここにきての任命は、過去3年間の麻薬政策の失敗を押し付ける魂胆があるとの懸念を示した。

 それにもかかわらずロブレド氏は6日、任命を正式に受け入れた。記者会見でロブレド氏は、失敗した麻薬戦争の責任を負わされるリスクを理解していると強調しながらも、違法捜査による流血を防ぐためにポストを受け入れると説明。「無実の命を一つでも多く救えるのなら、すべての重荷に耐える準備ができている」と覚悟を語った。

 8日にICADの会合に出席したロブレド氏は、「われわれの敵は国民ではなく麻薬」と述べ、麻薬中毒は犯罪だけでなく社会的な問題でもあると主張。警官による超法規的殺人の温床とも言われている、抜き打ち的な戸別訪問による麻薬捜査の中止を訴えた。また捜査の透明性を確保するため、警官へのボディカメラ装着の義務化を強く求めた。

 今回の挑戦的な任命の背景には、外国の政府や組織と連携を図り、政権批判を強めるロブレド氏を「沈黙させる」という第一の目的がある。しかしその一方で、実績が頭打ち状態の麻薬取り締まりにドゥテルテ氏が不満を感じているとの見方もあり、ロブレド氏を抜擢することで組織に緊張感を与え、活性化を図るという「荒療治」の意味合いもありそうだ。

 しかし、国連や人権委員会との接触を繰り返すロブレド氏への不信感も根強く、ドゥテルテ氏は「もし国家機密を外国機関に漏洩(ろうえい)すれば解任する」と警告を発するなど、取り締まりの監督に欠かせない機密情報へのアクセスが制限される可能性も出てきた。麻薬撲滅を進展させながら、さらに超法規的殺人など人権問題も改善させるという「ウィンウィン」の結果になるのか、ロブレド氏の手腕に注目が集まっている。