現実に国を守るのが政治の責任
戦後70年 識者は語る(11)
旧陸軍第18軍参謀、元参議院議員 堀江正夫氏(5)
――現在の安保法制論議についてどう考えるか。
日本の憲法は、前文だけ読めば、軍備なんて絶対に持てない。ところが9条の第2項を見れば「前項(第1項)の目的を達するために陸海空軍その他の戦力を持たない」と書いている。それを見る限りは、前項以外の目的を達成する、自衛のためだったら陸海空軍を持てると読める。
政府の憲法解釈は初めは戦力は一切持てないといっていた。ところが、マッカーサーに言われて警察予備隊を創設し、保安隊を経て自衛隊を創設する段になって、自衛のための戦力は持てると言い始めた。自衛とはいっても、冷戦時代、米国がしっかりやっていた段階では個別的自衛権だけといっていた。ところが中東情勢がおかしくなり、中国がこんなに大きくなって情勢が大きく変わってきた。
もちろん憲法改正が筋だが右から左にできるわけではない。現在の国際情勢の中で日本の安全を守るにはどうしたらいいかという現実的、政治的な課題に対し、やはり第2項をうまく取り上げて、まず集団的自衛権を限定的に認めよう。アメリカがキューバから攻撃された。それに対して日本がすぐ支援をするというものではなくて、日本の防衛に深く関連するものについては、米軍や他の協力してくれる国と助け合って一緒にやろう。こんなことは国民を守る国として、政治としては当然の考え方だ。
――多くの野党は安保法制は憲法違反だと猛攻撃している。
日本の憲法は、右から、上から、左からと、捉え方はいくらでもある。ただ、現実的には、現在の情勢において政治の立場としては今の憲法をそれに応ずるように解釈するしかない。
だから今、違憲だどうのこうの言っている人たちには、この国際情勢の中で、中国が何か事を起こす時にどうするのか反論すればいい。戦争をしなければいいというが、相手が戦争を仕掛けてくるのに「戦争をしなければ」といくら言ったって、相手の意思で動くものは止められない。相手の言いなりに日本が属国になれば戦争が起きないですむのだろが、それでいいのか。そういうことじゃないかな。
今、自衛隊は政治が決めなければ動けないし、政治が決めたところによって動くのだから、政治が本当にしっかりしてもらいたい。今の安保法制の論議は低次元すぎる。与党だ野党だというだけで、本当に国のことを思っているのか分からない議論を国会でやるのは聞くに堪えない、見るに堪えない。何も知らないような若者でも、一人ひとり膝を突き合わせて話せば、国を守ることがどんなに大事なことか分かってくれるはずだ。
――戦後70年を迎え、戦争体験者がマスコミで多く語っている。
今の古い人は、戦争はひどい、嫌だ、それだけだ。戦争体験者もいろいろマスコミでしゃべるのを聞いてみると、みんな戦争は嫌だ、再び起こすべきじゃないという。起こすべきじゃないというのは簡単だが、起こさないようにするためにはどうしたらいいか、それをはっきり言うのが生き延びた者の責任じゃないだろうか。戦場で生き延びるのはその人の持つ運だが、いかに多くの将兵が国の将来と家族の上に心を馳(は)せながら、あらゆる苦難に耐えて奮闘し散華したことか。そのことを全国民にしっかり言うべきだ。同時に、日本が戦争に敗れたのには、はっきりとした理由と経緯がある。もう少し、前の戦争の教訓、それから前の戦争の歴史というものをよく知るべきだ。
(聞き手・武田滋樹)
(この項終わり)






