総合的に抑止力を高めよ

戦後70年 識者は語る(10)

旧陸軍第18軍参謀、元参議院議員 堀江正夫氏(4)

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 ――日本の防衛に対し政治の持つ比重は大きい。

 冷戦が終わって西欧のNATO(北大西洋条約機構)の方は、実際にソ連の脅威がなくなったから兵力も予算もどんどん減らしていった。ところが日本はソ連の代わりに中国が台頭し、北朝鮮の核やミサイルが出てきた。それなのに同じように減らしていった。そういう政策、物事の見方は政治が本当に間違っていた。今の段階で予算を増やしたというが、それほど大きな額ではない。

 今は海空に重点を置いて、陸の方は、あの広大な北海道でなく沖縄だから、島嶼(とうしょ)防衛だからといってどんどん戦車を減らし、火砲も減らしている。限られた予算なので重点を置くのはいいが、全体の防衛体制からバランスをとって陸海空の兵力、予算を増やさなければ、本当の抑止力を発揮できない。

 ――安倍首相は安保法制の整備が抑止力の向上になると言っている。

 もちろん、安保法制の整備によって米国との紐帯(ちゅうたい)がより具体的にしっかりしてくるから、ものすごい抑止力の強化になる。けれども、はっきりいうと、今は尖閣諸島を防衛するためにやっと与那国に百名ぐらいの監視部隊を5年か6年計画で配置できる程度だ。なぜ石垣島や宮古島にすぐ駆けつける兵力を置かないのか。また、どうして石垣島の空港の滑走路を長くして戦闘機が活動できるようにしないのか。航空戦力はそこに集中できる作戦機の性能と数が勝敗を決定する。同じ性能の飛行機を十機持っていても遠い所だとそこまで行ける回数が少なくなる。それから、水陸両用部隊を佐世保に3個連隊を置くといっているが、沖縄に置けばそれだけ速く行動できる。それに応ずるヘリコプター部隊や舟艇部隊も沖縄に配置するのがいい。そのように、もっと直接的な抑止力を高める方策を積極的に推進すべきだ。

 ――抑止力を高めるため、他に何が必要か。

 抑止力というのは相手が作戦行動を取ろうと思い、それをやるための力を持っていても、こちらの力と四囲の情勢からそれをやる決心がつかない。それが抑止力だ。だから、抑止力は相手の力や態勢に応じてこちらも整えなければいけない予算や政治、外交の総合的な対応だ。僕らからいうと手の打ち方が非常に遅く、不完全だ。

 何も中国とケンカをする必要はないが、やはり中国が勝手な行動を起こさないようにする外交的な対応も必要だ。中国は今、盛んに東南アジアの国々に手を伸ばしている。第2列島線の一番南の拠点となるニューギニアにも手を付けているし、フィジーはもう完全に中国が手の内に入れている。

 だいたい大東亜戦争が終わって、東南アジア諸国は全部親日的だった。僕が議員の時に、アジア諸国との安全保障シンポジウムでタイに行ったが、ちょうど直前に政府が国防費GNP(国民総生産)1%以内を決めたことについて説明をした。するとタイの国会議員が手を上げて「我々はGNPの1%だろうが2%だろうが、日本がしっかりと自分の国を守ってもらいさえすればいい。そうしないと、我々だってとても安心しておれない。我々の頼みの綱は日本だ」と言った。東南アジアの国々は皆そんな感じを持っていた。

 ところが、いつの間にか外交的に中国がどんどん手を伸ばしてきた。安倍さんになって、やっと何とかして回復させようと外交努力を続けているが、日米同盟の強化と共に日本と手を結ぶ国を中国の周辺に作れば、中国を牽制(けんせい)し、武力の発揮、政策的な野望を抑え込むための非常に大事な抑止力となる。そういうものを総合的にやらなければいけない。

(聞き手・武田滋樹)