日米、ASEAN、印の連携強化を
新グレートゲーム・中国南進の海
中国南進の海(8)
アジア情勢は乱気流を伴った今年の春の天候に似ている。インドの新聞各紙は、中国ネタで持ちきりだ。3月には「中国がモルディブ・マラオ島で潜水艦基地建設か」とのニュースが流れた。
4月には「(インドと中国が領有権を争う国境地域に近い)インド北部カシミール地方ラダック東部に、中国軍が侵入した」とインド各紙は一斉に報じた。インド有力紙タイムズ・オブ・インディアによると、4月15日夜、中国軍の兵士約50人が、両国の実効支配線からインド側に約10キロ入った場所に侵入、テント型の標識を設置したという。
その前には、パキスタンのグアダル港の運営権を中国が取得したというニュースが流れもした。小国ブータンの北の国土が隣国中国に削り取られているのは周知の事実でもある。
何より近年、ASEAN(東南アジア諸国連合)や南アジアへの「中国の南進」は深まるばかりだ。
中国は、総予算7000億円規模を投入する予定のラオスでの高速鉄道の建設計画を現地の懸念を考慮し一度引っ込めていたものの昨年、再開に動きだした。タイの高速鉄道建設プロジェクトもほぼ中国が競り落とす趨勢にある。
とりわけ日米が危機感を募らせたのは、昨年のASEAN外相会議だった。
カンボジアで昨年7月に開催された会議では、懸案の「南シナ海」問題で中国の反転攻勢に押し戻され、共同声明すら断念せざるを得なかったからだ。
ASEAN外相会議が共同声明の採択を断念するのは、約半世紀近い歴史の中で初めてのことだった。南シナ海の西沙や南沙諸島領有権争いで中国と対立するフィリピンやベトナムの主張を、中国から多額の支援を受けている議長国カンボジアが強権を発動し引っ込めさせたのだ。
結局、ASEAN首脳会議では、南シナ海の自由航行を保障するため、法的拘束力のある「南シナ海行動規範」合意への道は閉ざされた格好になった。
シーレーン(海上交通路)が分断されることは、わが国の生命線が断たれることを意味する。ASEAN分断工作に入った中国を牽制するカードを持つことは、わが国が生き延びていく上で必須のものとなる。
そのジョーカーとなるのが今やアジア安定の公共財となった日米同盟の強化であり、東南アジアとインドを結ぶ産業回廊のバックアップだ。
ニューデリー・ジェトロシニアディレクターからタイ王国政府政策顧問に転出した松島大輔氏は「これからインドと東南アジアを結ぶ東アジア産業大動脈をどう建設していくのかが課題となってくる」と指摘する。
タイではエコカー構想があり、自動車の集積ができている。インドは小型車のハブ(拠点)にしたい意向だ。物流を整備することで、部品の調達などが進みインドと東南アジアを包括した効率的な経済圏ができるとの将来展望を描く。
そうした絵柄を描くことで、南アジアやASEAN諸国に富強国家・中国の衛星国家になるしかないと諦めさせないことが肝要だ。中国が上から振りかざした剣をくぐり抜け、こちらの剣を東西に振り胴を狙う真剣勝負だ。
「三月の風と四月の雨が、美しい新緑の五月をつくる」といわれる。
だがアジアが雨風を経て、緑を濃くし、さらに豊穣の秋を迎えるには、現実を直視した知恵と戦略が問われてくる。
(池永達夫)
=終わり=