衛星打上げ基地を中国海南島文昌へ

新グレートゲーム・中国南進の海
中国南進の海(7)

400 意外だが中国内陸部は、重化学工業とハイテク産業の集積地となっている。

 これは1960年代、中ソ関係が悪化。中国は核戦争サバイバル手段として、上海や東北部に集積していた軍需産業を内陸に大移転させた「三線」建設の経緯があるからだ。「三線」というのは、沿海部を第一線とし、四川省や雲南省など内陸部が第三線、その間が第二線という設定だ。

 結局、四川省楽山は核兵器産業、綿陽はレーダーや弾道ミサイル、西昌は宇宙センターとして整備された。いわば、核戦争という亡霊は、遅れた内陸の大農村地域を近代工業都市へと豹変させる魔術を現出させた。

 その西昌宇宙センターの主要要員がこのほど、海南島文昌市へ異動となった。衛星打ち上げは来年にも運営が始まる文昌宇宙センターで行われ、西昌はあくまで緊急時のみに利用される脇役となる。いわば文昌が衛星打ち上げの現役部隊、西昌は予備役といったleftづけだ。

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四川省西昌の宇宙センター(写真上)と鑑真が日本渡航に失敗し流れ着いた所でもある海南島文昌(写真下)

 宇宙センターとして海南島に白羽の矢が立ったのは、北緯19度にleftし、酒泉(内モンゴル自治区・甘粛省)や太原(山西省)、西昌(四川省)といった高緯度の3基地に比べ地球の自転の遠心力を活用でき、打ち上げから衛星の軌道投入までの効率が格段と良くなるからだ。周囲がほぼ海で囲まれ、衛星打ち上げ時の残骸が地上に落下するリスクも低減する。それにロケット搬入が船舶でも可能となることから、これまで鉄道輸送で大きさが直径3・35メートル以内と限定されたがその制約がなくなり、直径5メートル級の大型ロケット搬入も可能となる。

 西昌から文昌への“移転”は、中国内での小さな「海への南進」にすぎないが、それが持っている意味は大きい。

 拓殖大学の茅原郁生名誉教授は「宇宙は、富強国家中国が軍事力増強をバックに進出を図っている海洋と並ぶ新たな空間だ」と指摘する。

 何より中国が6年前に実施した衛星破壊実験は米国を震撼させた経緯がある。この時は西昌から中距離弾道ミサイル東風21号をベースとした固体ロケットを打ち上げ、高度約850キロメートルの軌道に存在した同国の老朽気象衛星を破壊した。衛星は一定の物理法則の下に、地球を周回していて将来の軌道を読むことは難しくなく、狙い撃ちされたらひとたまりもない。偵察衛星や気象衛星など多大な衛星システムを、安全保障や社会インフラとして運用している米国にとって、弱い脇腹にドスを突きつけられたのも同然だからだ。

 とりわけ米中有事で真っ先に狙われるのはGPS(全地球測位システム)衛星であり通信衛星だろう。世界のIT環境は大混乱に陥るだけでなく、軍の命令指揮系統にも多大な影響を与えることになる。

 中国はこうしたことも想定済みで、独自の通信システムを持ち、GPS衛星を打ち上げている。

 ともあれ文昌宇宙センターは来年にも、対地静止軌道衛星、大型極軌道衛星、大型宇宙ステーション、超高空探査衛星など衛星打ち上げ基地としてデビュー。中国宇宙開発の新たな拠点が誕生する。

(池永達夫、写真も)