緊急事態条項めぐり護憲派メディアに遠慮する「平時ボケ」の自民党
◆大震災に政府は無策
東日本大震災から7年を迎えようとしている。3・11。心に刻まれた月日である。
私事で恐縮だが、筆者の自宅は福島県郡山市にある。地震発生時、東京・渋谷にいた。ビルの事務所のケース棚が倒れ、ガラスが飛び散った。近くの代々木公園に避難し、急いで携帯のテレビを見ると、大津波が映し出されていた。字幕を見て愕然(がくぜん)とした。知人の住む仙台市若林区の荒浜だった(後に知人一家の死亡を知った)。
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東日本大震災から7年を迎えようとしている。3・11。心に刻まれた月日である。
私事で恐縮だが、筆者の自宅は福島県郡山市にある。地震発生時、東京・渋谷にいた。ビルの事務所のケース棚が倒れ、ガラスが飛び散った。近くの代々木公園に避難し、急いで携帯のテレビを見ると、大津波が映し出されていた。字幕を見て愕然(がくぜん)とした。知人の住む仙台市若林区の荒浜だった(後に知人一家の死亡を知った)。