首相の賃上げ要請に「環境整備を急げ」と「官製春闘」を諌めた日経
税優遇の効果不透明
岸田文雄首相は先月26日の「新しい資本主義実現会議」で、2022年春闘に向けて「業績がコロナ前の水準を回復した企業には3%を超える賃上げを期待する」と経済界に呼び掛けた。
「期待」という文言ではあるが、実質的には賃上げの「要請」である。岸田首相が掲げる「新しい資本主義」は「成長と分配の好循環」の実現を通じて、分厚い中間層の構築を目指すものであり、「賃上げ」は「分配」の大きな柱になるからである。
首相の期待表明について、4紙が社説で論評を掲載した。各紙の見出しは次の通りである。2日付毎日「『分配』にどうつなげるか」、日経「政府は賃上げ介入より環境整備を急げ」、4日付朝日「来年の春闘 賃上げ拡大を出発点に」、5日付産経「官民協調で機運を高めよ」――。
列挙した通り、表現がやや厳しかったのは日経である。社説本文は冒頭から「政府はいつまで民間企業の賃上げに介入し続けるつもりなのか」と述べ、見出し以上にきつい表現となった。他にも、「賃金は労使協議で…決めるのが原則だ」「そもそも民間の賃金決定への政府介入は市場メカニズムをゆがめかねない」と批判の言葉が並ぶ。
政府が賃上げに介入する「官製春闘」は、第2次安倍政権の14年から始まった。3%の要請に、結果は2%台の賃上げ率を維持してきたが、このところは低下傾向が続き、今年はコロナ禍もあって1・86%(厚生労働省の民間主要企業調査)と1%台に。「政府が要請しても賃金が順調に上がるわけではない」(日経)というわけである。
同紙はそこで、「賃上げにつながる環境整備に徹すべきだ」として「重要なのは継続的に賃金を上げられる道筋をつけることだ」と強調する。
政府は賃上げした企業への優遇税制を検討している。妥当そうだが、「効果は不透明と言わざるを得ない」と同紙。ボーナスでなく基本給の引き上げを条件とすれば、後年に負担が続くため企業は活用しづらくなる、との指摘で、さすがに経済紙である。
生産性高める支援を
そんな日経が「優先課題」として掲げるのは、主要7カ国で最も低い労働生産性を高めることで、同紙が指摘するように「企業は業務のデジタル化や人材教育へ積極的に投資し、政府がそれを強く後押しする必要がある」だろう。
産経は、「官製春闘」への評価はなかったが、趣旨は日経と同じで、民間企業に賃上げを促すためには、政府の後押しも重要だとして、「優遇税制だけでなく、生産性を高める設備投資などに対する支援にも積極的に取り組むべきだ」「企業がデジタル化などで…収益増につながる事業環境の整備も政府の役割だ」などと強調した。同感である。
毎日も見出しこそ違ったが、「分配重視」を唱えるのなら「賃上げができる環境をどう整えていくかが問われる」とし、趣旨は日経とほぼ同じに。
賃上げした企業への優遇税制や、優遇対象にならない赤字の中小企業への補助金についても、「効果が広く及ぶ仕組みにすることが肝要だ」と注文を付けたが、「ただ税や補助金は数年で制度が変わる可能性がある。目先の対応だけで企業が賃上げを長く続けることは期待しにくい」とも指摘する。
そこで、同紙は「政府に求められるのは、人件費抑制を招いてきた構造の変革だ」と強調して「不十分だった少子化対策などに力を注ぐ時」と訴える。人口が減少する日本は市場も縮小していて、企業は長期的な展望が描きにくく、賃上げにも慎重になっているからということだが、これでは環境整備するには具体論に欠け、遠回りにもすぎよう。
目新しさがない朝日
朝日はコロナ禍からの安定的な経済回復には、着実な賃上げが必須の条件として、その実現の可否が分配を重視する岸田政権や経済界の姿勢の真贋(しんがん)を測る試金石にもなるだろうと指摘したが、一般論に終始し目新しさがなかった。
(床井明男)