安保関連法成立を振り返る
自衛に実のある議論を
常識ない特殊な国情を露呈
歴史を遡ると日本という国は、多くのアジアの国が植民地として支配されている時代、日清・日露戦争で大国、清・露国に勝った。大東亜戦争では連合軍に敗れ、約6年間外国に占領されたが、経済復興に邁進、経済力は世界第2位になり、その後中国に抜かれ現在は3位、国連分担金第2位の1億2000万人の国である。
憲法前文には、「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」とある。
だが、軍隊はない。あるのは自衛隊と謂(い)い、世界各地に経済進出しても、「国際平和のため血は流しません」という利己的な国、得体の知れない人々と見られても仕方ないであろう。
国家安全保障戦略にあるように、米国の相対的な力の衰え、中国の経済的・軍事的台頭など国際社会の変化及び国連の活動への参加のため安全保障関連法を制定しようとした。
その参院特別委での審議、採決において、野党議員のルール無視の行動に世界の人々は疑問を抱いたのではないだろうか。わが国会は議論し議決する場であるのに、鉢巻きを締め、プラカードを掲げ、怒号を発し、座り込んだり取っ組み合ったり、実力行使の場と化していた。参院特別委・委員長を衆議院議員まで動員して力で理事会室に「監禁」(委員長の言)した。国際社会で起こっている力の行使の国内版である。
国会議員は選挙で選ばれた人々である。同じく前文に「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」とある。法案は5月に閣議決定され、国会に上程されていたのだから、野党は実力行使をせずに、法に則り議員の職を賭し、自身の考え(あればの話だが)を訴えれば、その是非が次回選挙で明らかになるであろう。
単独講和、60年安保改定、PKO法、特定秘密保護法などの審議の時、「戦争になる」、「戦争に巻き込まれる」という主張が繰り返されたが、いずれもそのようなことは生起せず、それらを煽った政党は衰退していった。
そして今回の安保法制にからんで、日本を除く国連加盟国では問題にもならないことが学者、知識人なども含め、大きなエネルギーを費やして議論された。国連主要国の中でただ一国例外であった日本が例外でない国へと一歩を進める政策論議で、国民の判断、あるいは政治家を「信用できない」と日本人自身が言っているのだから、他国は日本が特殊な、常識もない国と思うだろう。それでも、安保法制が採択されると共産党独裁の中国と事大主義をとる韓国を除く50有余の国が歓迎を表明した。
共産党は、戦争法だといった。日本がどこの国と戦争するのであろうか。武力行使(戦争)は国連憲章で禁止されている。今の日本が自ら戦争をするなどとは誰が思っているのだろうか。国連憲章は個別的及び集団的自衛権を認めている(51条)ので、その自衛権を他国と同様に行使できるようにするというのが、今回の安保法制である。
それも、他国は制限を加えてない自衛権行使を縛りに縛って自衛官に無理難題を課すものだ。武力行使(戦争)は負けると、どんな理由があろうとも、悪者にされる。国際法に違反していても、勝者に敗者は異議申し立てをできない。それだからこそ、武力行使はあらゆる手段、方法で戦う。警察の権限規制手段であるポジティブ・リストを、歯止めと称して他国(敵)と戦う自衛隊に押しつけるのは、手の内を明かすことになる。陰でほくそ笑んでいる国も存在する。
日本国憲法は、連合国の占領下にあるにもかかわらず、主権の存する日本国民が制定したことになっている。「占領下で主権がある」などとは、どう考えてもいえないであろう。正しくは、戦勝国による日本統治のための暫定国家基本法だ。英文翻訳の現行憲法には、元首、国防、緊急事態についての規定がない。占領軍司令官及び占領軍がいるのだからこれらが欠けていても問題はなかった。
安保法制審議の過程において、国の防衛を無視し字面の上から、多くの憲法学者が違憲だとの見解を表明した。これはあくまでも参考意見である。最終的に憲法違反かどうかを有権的に判断するのは、学者や内閣法制局でなく、最高裁判所(憲法81条)である。
衆院平和安全特別委で某憲法学者は、「われわれは条文の客観的意味について神学論争を言い伝える立場」にあり、是非の判断は政治家にお任せすると発言した。教養ある良識人(学者?)とはいえない。
憲法を研究するなら、字面だけではなく、現憲法の成り立ち、そこからくる憲法の限界、特に国防という国家の存亡にかかわることの欠落を、他国と比較・研究し、憲法改正こそ最重要であるとの説があっても然るべきである。何のための誰の学問であろう。
制定された法は完全ではない。国際法を無視して、力の行使をしてくる国から日本をどう守るのか。その際、自衛権の行使の方法を、また備えをどうするのかなど、実のある議論を国会でして貰いたいものである。
(いぬい・いちう)






