米国社会の分裂 LGBT運動の激化と反発

日本における法整備への警鐘

 米国で起きることは将来、日本でも起きると言われる。かつてその時間差は20年とも10年とも言われたが、今はもっと短いだろう。

 1960年代に、性の解放運動が起きた米国。90年代半ばになると、いわゆる「LGBT」(性的少数者)という言葉が使われるようになった。

 この造語が日本で広まるきっかけとなったのが2015年、東京都渋谷区における「パートナーシップ条例」(通称)の成立・施行だった。同性カップルに、「結婚に相当する関係」と認める証明書を発行することを盛り込んだ、日本での初めての条例だが、これに似た制度は今や世田谷区、札幌市など全部で6自治体に拡大している。

 村田晃嗣(同志社大学法学部教授)は月刊「Voice」11月号で、行き過ぎた「ポリティカル・コレクトネス」(PC=政治的な公正)に対する低所得の白人層を中心にした反発と、それによる米国社会の分裂について論じている(「トランプ対マイノリティ」)。多民族社会であるなど、社会構造が大きく異なる米国ではあるが、日本のLGBT運動を考える上で示唆に富む論考となっている。

 米国社会の分裂の背景には、「忘れられた人びと」の怒りがある、と村田は指摘する。まず、その怒りの詰まった「パンドラの箱」を開けたのは、オバマ前大統領だった。米国史上初の黒人大統領として、性的少数者の人権拡大に力を入れ、国内外でLGBT運動を後押した。そして、連邦最高裁判所が同性婚を憲法下の権利と認めたのは、渋谷区でパートナーシップ条例が施行したのと、同じ15年だった。

 こうして進むLGBT運動の精鋭化と対立を象徴すのがトイレ使用の問題。ノースカロライナ州シャーロット市のように、トランスジェンダー(性同一性障害などの人)が公共施設のトイレを使う際、男女どちらの性別のトイレを使うかは、本人が選択できるとした条例を定める市が出てきた。この動きの背後にあったのが、大学教授や学生たちエリートによる、左傾化した「正義」の他者への押し付けだった。

 だが、歴史的に奴隷労働力で発展したノースカロライナ州はもともと保守的な地域。シャーロット市の条例に反発した州議会は、出生証明書記載の性別に応じたトイレ使用を定めてトイレ法を制定し、同市の条例を無効とした。

 これに対して、強烈な反対が巻き起こった。全米大学体育協会(NCAA)による、同州におけるスポーツイベントのボイコットにまで発展。結局、州経済への打撃を懸念した州はトイレ法の撤廃に追い込まれたのだった。

 ところが今度は、キリスト教の価値観などから同性愛に反対する人々の怒りのパンドラの箱が開き、トランプ大統領誕生につながる。同大統領は、選挙期間中にLGBTへの理解を表明しており、決して性差別主義者ではない。しかし、「PCやLGBTの権利拡張に辟易(へきえき)としている人びとへの共感」を示すことで、ホワイトハウス入りが可能となるとの「したたかな政治的な読み」があったとする、村田の分析は的確である。

 LGBT運動が生まれてから25年余り。同性婚が合法化となり、今度はそれに対する反発が巻き起こり、結局、社会が分裂に陥った米国から、日本が学ぶべきことは多い。

 元環境相の細野豪志は「文藝春秋」11月号で、LGBT問題が「放置されたまま」だとして、「今こそ、差別解消法の制定や、同性パートナーについての議論を始めるべきだ」と語っている(「『希望の党』は選挙互助会ではない」)。そして、先の衆議院選挙では、希望の党は「差別禁止法」の制定を、また自民党は性的指向や性自認に対する「理解増進法」の制定を公約に掲げた。

 性に関しては、人それぞれに違った価値観を持つものだ。にもかかわらず、LGBTに関して法整備を行うことは、ある意味、政府による同性愛などの性関係の“公認”である。渋谷区のパートナーシップ証明書の発行は、区による公認だった。こうした政府・自治体による価値観に対する介入が、男女以外の性関係を受け入れられない人々を「忘れられた人びと」にしてしまう。そして、その怒りの高まりは、社会を不安にするだろう。

 それ以前の問題として、性を考える場合、社会の根幹をなす家族の在り方に影響を及ぼすことを考慮しなければならないのだが、性的少数者の人権の前に、それが置き去りにされている。性が揺らげば、社会が混乱するのは必至である。法整備推進論者はここに目を向けるべきである。

 一部の大学教授や学生が左傾化した「正義」を他者に押し付けるのは、米国に限ったことではない。特に、懸念されるのは、左傾化したメディアの動きで、LGBTの法整備が行われれば、同性婚合法化のキャンペーンを張るのは間違いない。そうなれば、同性婚の合法化に向かうスピードは、米国の比ではない。米国で起きたことは数年後には、日本でも起きる時代である。(敬称略)

 編集委員 森田 清策