左傾化する自民党、稲田氏は保守から転向か

家族解体イデオロギーに加担

 選択的夫婦別姓、LGBT(性的少数者)支援など家族をめぐる政策課題で、自民党の混乱が露見している。これらは元来、個人の権利を重視する左派のカードだが、同党はリベラル派を中心とした推進派が勢いを増し、伝統的な家族の絆を守ろうとする保守派と激しく対立する。そんな中、これまで「保守」と見られてきた衆議院議員で元防衛相の稲田朋美が党の左傾化に影響を与えているとの見方を示す保守派識者は少なくない。

 特に、自民党内でLGBT理解増進法案をめぐり推進派と反対派の間で激しい論争が繰り広げられた今年5月以降、稲田の左翼「転向」を憂える論考が保守論壇に多く見られるようになった。

 産経新聞政治部編集委員兼論説委員・阿比留瑠比の論考「LGBT法案で残念な稲田朋美氏」(「正論」8月号)、自民党政調会長代理・参院議員、西田昌司の「左傾化する自民党を恥じる」(同)、政治ジャーナリスト・石橋文登の「LGBT法案なら自民党は自壊 世界を襲う『性の革命』」(「Hanada」8月号)などだ。

 本稿では、「Hanada」9月号に掲載された二つの論考を中心に、稲田が批判されているように、本当に「転向」したのか、を探っていく。一つ目の論考は、稲田が文藝評論家の小川榮太郎と議論を交わした「『保守主義』とはなにか LGBT法案と夫婦別姓 激突大闘論!」だ。

 まず議論の前提となったLGBT理解増進法案の修正について説明する。自民党が5年前に作成した原案では、「性同一性」という文言を使っていたが、稲田らが中心となった与野党協議によって主観性の強い「性自認」に修正された。

 もう一つの修正点は、法案の目的に「性的指向及び性自認を理由とする差別は許されない」という文言が加筆されたことだ。この二つの修正について、保守派は定義の曖昧な文言を使い、しかも「差別は許されない」とすれば拡大解釈を招き、訴訟が乱発するとの強い懸念を示して反対、国会への提出は見送られた。

 議論でも、小川は「『性自認』という文言では、たとえば『私が女だと思えば女だ』と言い張って女湯に入ってくる男性を防げないという指摘がありますね」と疑問を呈した。これに対して、「私は一切『転向』していません」ときっぱり否定した稲田は、「『その場しのぎの自称女性(男性)は排除される』ことが明確になるような表現を含めて、引き続き検討したい」と述べている。

 この発言から推察できるのは、「性自認」という定義の曖昧な文言を入れたのは、熟慮の結果ではなく、成立を急ぐために野党側に擦り寄った結果だったということ。でなければ原案の「性同一性」を修正する必要はなかった。

 法案に「差別は許されない」という文言を入れたことについても、小川は「メディアが同調圧力をかける格好の根拠にもなる。保守派の役割は、リベラルの狡猾(こうかつ)な『人権』の濫用(らんよう)、社会への強制から、国民を守ることではありませんか」と指摘した。

 それについても稲田は、法案は差別禁止ではなく、理解増進が目的・理念であり、「差別」の拡大解釈はないと反論する。しかし、果たしてそうか。差別禁止法も理解増進法もない今でさえ、同法案に反対する議員には「差別主義者」とのレッテル貼りが行われている。理解増進が目的であっても「差別は許されない」という文言によって言論弾圧は今よりさらに激しくなるのは必至だ。

 理解増進法案を推進する稲田に対する小川の疑念は、法案の文言への甘い認識以上に、家族解体を狙う左翼のイデオロギー闘争への警戒心の欠如だ。エンゲルスの『家族・私有財産・国家の起源』にもあるように、共産革命の第一歩は、「国家と一夫一婦制の家族と資本主義が、悪の三点セットとして解体すべき目標」だ。これは選択的夫婦別姓にも言えること。

 小川は触れていないが、理解増進法の成立が学校教育に与える影響は甚大である。理解増進の美名によって、思春期で多感な児童・生徒に、LGBTをどう教えるようになるのか。それによっては、若者の性倫理は、一夫一婦制を崩壊させる方向に向かうだろう。

 また、「性自認」と「差別が許されない」の両方が盛り込まれた法が成立すれば、文言の拡大解釈から「同性婚」の阻止が難しくなり、ひいては日本の家族文化の根幹にある戸籍制度も崩壊してしまうだろう。

 稲田は「LGBTの方々に対する理解を増進しようという法案を進めることが、なぜ『保守から左翼に転向した』と言われるのか、まったく分かりません。現実に苦しんでいる人を見ないふりをして、イデオロギー闘争をしている場合ではないからです」と、転向を否定する。

 稲田はLGBT当事者の苦悩に同情し、彼ら彼女らのためを思って法案を推進しているのかもしれない。しかし、社会の根幹を揺るがしかねない重大な欠陥を抱えるにもかかわらず、当事者を支援することがなぜいけないのか、という観点だけで法成立を推進するのでは「リベラル」の政治家と言われても仕方がないではないか。

 小川は「LGBT法案を推進することは、イデオロギー戦に利用される、その危険性を深く理解する側に立つのが、保守の本来のあり方ではありませんか」と諭す。問題は、稲田自身がすでにイデオロギー戦に加担し、家族破壊を目指す左翼に利用されていることを自覚していないだけではない。

 稲田が確信的にリベラルな政策に力を入れていることを示唆しているのが、ジャーナリストの山口敬之の「稲田朋美元防衛相 左翼の餌食となった動かぬ証拠」(「Hanada」9月号)だ。この論考で、山口は稲田と左派人脈との関わりを示す重大な事実を明らかにしている。

 今年7月7日、「稲田朋美 埼玉後援会 設立総会」が開かれた。後援会を立ち上げ、会長を務めているのは県議会議長の田村琢実(たくみ)。もちろん自民党員だ。

 稲田は選択的夫婦別姓とは違う「婚前氏続称制度」という独自案を提唱している。これは同一戸籍でも、筆頭者が夫または妻であっても、妻または夫は旧姓を使うことを戸籍に明記して、公的には旧姓のみを法的な裏付けを得て使い続けられるようにするというもの。一見すると、稲田は選択的夫婦別姓と一線を画しているように見える。しかし、これには保守派からは実質、選択的夫婦別姓だとの批判が出ている。

 山口によれば、後援会の設立総会で、稲田の口から保守派の疑念を裏付ける発言が飛び出した。埼玉県議会は総会5日前、国会に選択的夫婦別姓の導入推進を求める意見書を可決したが、これを「高く評価したいし、国政の場でもしっかり受け止めたい」と述べたのである。さらに、後援会会長の田村は選択的夫婦別姓に賛成の立場を明確にし、反対する保守派に「差別主義者」とのレッテル貼りを行い非難し続ける「『反保守活動家』とも呼ぶべき人物」。そんな田村について、稲田は「政策的に一〇〇%一致」していると断言しているのだという。だとすれば、稲田の左翼「転向」はすでに疑念段階を超えているとみるべきだろう。

(敬称略)

 編集委員 森田 清策