東京五輪後の日本、経済成長主義に未来はない
「文化」を柱にした都市づくりを
東京五輪が終わったことで、論壇誌の9月号には、五輪後の日本のあるべき姿を模索する論考が多く見られる。その中で、総力特集「五輪後の本題」を組んだのは「Voice」。イスラエル・エルサレムのヘルツル研究所所長で哲学者ヨラム・ハゾニーの論考「日本はリベラリズムと闘うべきだ」、京都大学名誉教授・佐伯啓思の「『西洋近代』に未来は築けない」、東京大学教授・吉見俊哉の「東京が打破すべき成長主義の呪縛」が並ぶ。
これらの論考に通底するのは、日本人は経済成長主義の限界をしっかりと見極める一方で、自国の文化・伝統の素晴らしさを再確認して人生を考え、また国づくりを進めるべきだという点だ。
例えば、正統派ユダヤ教徒のハゾニーはリベラリズムの弊害の一つとして「人生はビジネスキャリアの成功で成り立っているという偶像崇拝的な考え」を挙げながら、「ビジネスキャリアの成功は人生における重要な一部ですが、同時に、宗教や家族、多くの子どもをもつこともきわめて大切な要素です」と強調。
その上で「私は、日本が他の多くの民主主義国家よりも素晴らしい伝統を維持していることを知っています。日本は狂気に訴えることなく、リベラリズムと闘い、自国をもっと強化するべき」と訴えた。
また、佐伯も「問題なのは、どちらかといえばリベラル的な教育のなかで育ってきたこともあってか、往々にして日本文化や日本思想にあまり関心をもっていないことである」と分析。コロナ後は、「日本の思想をまずはわれわれ自身が思い起こさなければ何もはじまらない」と述べている。
一方、吉見は1964年東京五輪のイメージと、今回は東日本大震災からの復興、そしてコロナ禍との闘いが重なり、「五輪をつうじて復興を成し遂げ、より発展・成長していくというパターンの発想が、こうして日本において広く内面化された」とみる。
では、真の意味での復興とは何か。英語では、カルチャー(文化)はアグリカルチャー(耕す)と語源は同じ。だから、「都市という単位で考えたとき、本当の意味での復興とは、その土地の文化を耕し続けることではないか。春夏秋冬、繰り返し土地を耕すことで作物が育ち、繰り返し実るように、継承すべき文化と向き合い続けることで、時間をかけてその地域を豊にしていく。それこそが、都市が本当の意味でめざすべき復興のかたち」と述べている。
では、今後、日本が豊かな社会を築く上での基本理念はどうあるべきなのか。吉見は、「速さ」よりも「遅さ」が価値を生み出すという考え方を基に、「新幹線やリニアモーターカーよりも路面電車のほうが価値をもつ時代に転換していることを認識すべきだ」と指摘する。
そこで提案するのは、半世紀前の五輪後に失った価値ある文化財の「復興」。具体的には、川に蓋をしている首都高速道路の撤去、路面電車の復活などを挙げた。そして「過去のなかに未来があるという態度への価値観の転換」を求めながら、「直線的に成長を続けるビジョンは成熟とは程遠く、破滅的な結末しか生まない」と警告する。
(敬称略)
編集委員 森田 清策