虐待の“連鎖”断つ 親への支援が不可欠
里親、養子縁組の促進も
全国の児童相談所(児相)で対応した相談件数が初めて10万件を突破したのは、平成27年度だった。それが昨年度は12万件を超えた。約6万件となったのは23年度から5年間で倍増したことになる。
この急増ぶりには、三つの要因が考えられる。一つ目は、虐待に対する社会の関心が高まって、通報が増えたこと。二つ目は、子供の面前での夫婦間暴力や口論が子供の心を傷付けることから、「心理的虐待」に入れられるなど「虐待」の定義拡大がある。三つ目は、子供に対する暴力・性的虐待、養育放棄(ネグレクト)、それに加えて心理的虐待が現実に増えていることだ。いずれにしても、心に深い傷を負い、場合によっては負傷した結果、健全な人間関係を構築できない子供が増えているのは間違いない。
実際に起きた虐待死事件を取材しルポルタージュした『「鬼畜」の家」』の著者、石井光太は月刊「新潮45」10月号で、児相の姉妹機関として「問題親を発見して、虐待が行われる前から支える『親相談所』をつくるべきではないか」と提言している(「児童相談所より“親”相談所を作れ」)。
なぜなら、「虐待が子供に与えた精神的な悪影響が、次世代への虐待へとつながる」、つまり「連鎖」するからで、虐待を減らすためにはこの連鎖を断ち切ることが不可欠なのだ。しかし、児相が被害児を保護しただけではその連鎖を断ち切ることはできない。問題のある親が子供を虐待する前に、親を支える機関が必要だという主張には説得力がある。
児相への相談件数が急増している要因の一つに、社会の関心の高まりがあると指摘した。しかし、被害児の心のケアを十分に行い、きちんとした社会生活が送れるようにすることの重要性については、あまり注意が向けられていないようだ。
虐待した親を罰し、被害児を親から引き離して施設で保護するだけでは問題の解決にはならない。赤ん坊の予防接種や定期検診で、異常を察して親相談を行っている小児科医などはいるが、児童虐待がここまで深刻化する上、心に問題を抱えて大人になりきれない若者が増えているのだから、石井の提言する親相談所の立ち上げを真剣に考えるべきだろう。
虐待被害児の心のケアについて、あまり目が向けられないのは、彼らが抱えるトラウマの深刻さがあまり知られていないからだろう。彼らはうつ病、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの精神疾患に苦しむだけでなく、寿命が短くなることもある。
一般の子供の有病率は1・4~2・4%と言われるが、社会的養護つまり施設などに引き取られた子供では19・4~40%とのデータもある。病気にとどまらず、アルコール・薬物依存という問題もある。
そして、その社会的損失は、1・6兆円という試算がある。これは社会福祉法人恩賜財団「母子愛育会・日本子ども家庭総合研究所」の和田一郎氏らが24年度分試算として発表したものだ。現在のデータで試算すれば、2兆円を突破しているかもしれない。
「正常な家庭のモデルを知らない」(石井)彼らのケアとしては、家庭の愛情が何にも増して重要である。里親や養子縁組を引き受ける家庭が少ないということも、児童虐待の連鎖を断つ上で、大きな課題である。
編集委員 森田 清策