「うつ病」増加の要因 製薬会社の宣伝効果
「ストレスチェック」でまた儲かる?
従業員50人以上の事業所で働く人の心理的な負担を年に1度調べることを義務付けた「ストレスチェック制度」がスタートしてまもなく1年になる。
厚生労働省は「本人にその結果を通知して自らのストレスの状況について気付きを促し、個人のメンタルヘルス不調のリスクを低減させるとともに、検査結果を集団的に分析し、職場環境の改善につなげる取組」とその意義を強調し、まだ行っていない事業所には年内実施を呼び掛けている。
電通の女性新入社員の過労自殺問題もあって、働く人のストレスに関心が高まっているが、その早期発見を目的とするストレスチェックの効果については専門家の間には懐疑的な見方がある。もともと診断基準に曖昧さを抱えているのが精神医療の分野だが、ストレスチェックとなると、さらにグレーゾーンが広がっているのだ。
「ストレス社会を生き抜く」と銘打った特集を組んだ「中央公論」12月号で、評論家の武田徹は「ストレスって悪い意味で使われるケースが多いけれど、活力や動機付けになるストレスもあります」と述べている(精神科医の斎藤環との対談「飽和するコミュニケーションが現代人をすり減らしている」)。
また、同じ特集の中で、佐々木常夫マネージメント・リサーチ代表の佐々木常夫は「厳しい上司の存在やノルマというストレスがモチベーションにつながるとも、個人的な体験から感じます」(心理学者の岸見一郎との対談「アドラー心理学が教えてくれた人生を生き抜く勇気」)と、ストレスには本人の生き方、考え方が反映されると指摘する。
佐々木の長男は自閉症、妻は肝臓病がもとで入退院を繰り返しうつ病を併発した。本人もうつになっても不思議ではない家庭環境だが、それでも離婚をまったく思わず「どうしたら妻を回復させられるか」としか考えなかったという。佐々木が大事にする言葉は「運命を引き受けよ」。何かトラブルが発生すると、一般的には「原因論」で考える人が多いが、近年話題のアドラー心理学の「目的論」に通ずる考え方と言える。
電通の過労自殺問題では、長時間労働を助長したとして、社員手帳に載せている心得「鬼十則」に批判が出て、同社も掲載取りやめを検討している。確かに、「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……」という項目は、「企業戦士」「猛烈社員」という言葉が通用した時代のもので、長時間労働を助長したと言えなくもない。
だが、ストレスやプレッシャーを前向きに捉える人が存在するように、時代が変わったとしても、あの項目を発奮材料にする社員もいるはず。問題は心得の読み方であって、心得をなくせば企業と社員の関係が改善できるかと言えば、そう単純ではないだろう。
「新型うつ」はストレスの曖昧さと関連する。一時、マスコミに頻繁に登場した言葉で、明確な定義はない。私生活はまったく問題ないが、仕事となると意欲が出ず、長く休職するような状態で、若者に多いという。しかし、新型うつは病気でなく、まったくの「ウソ」という精神科医もいる。最近はほとんどメディアで話題に上らなかったが、武田と斎藤の対談で久方ぶりにこの言葉を目にした。
「都市伝説じゃないか」と、斎藤も新型うつに疑問を呈した。そればかりか、うつの増加にも構造的な背景があると指摘する。過去10年で2倍になったとされるが、他の疾患ではそのような急増はあり得ない。
では、なぜうつが増加したのか。一つは製薬会社の宣伝である。抗うつ剤が導入されたことで、製薬会社が「大キャンペーンを張った」と、斎藤は指摘する。「うつは心の風邪」という宣伝文句を流し、早く医者にかかり、早く薬を飲みなさいというわけだ。
それに影響されて、「自分もうつであると感じた患者がたくさんクリニックに押し寄せた」(斎藤)。ところが、薬では症状は改善しても完治しないので、うつの患者がどんどん増えていった。
その中には、仕事が嫌で、うつになりたかった人間がいたとしても不思議ではない。たとえ、そうであったとしてもクリニックとしてはせっかくの「患者様」だから、薬を処方して、“顧客”にしてしまうのである。
うつを増やす構図に気付くと、ストレスチェック制度がさらにうつを増やしてしまうのではないかという懸念が出てくる。早期発見によってクリニックの診察を受ける会社員が増えることが予想されるのだ。人間ドックや健康診断を受ける人が増えると、高血圧などの生活習慣病が多くなるのと同じである。
もう一つ、うつにつながるストレスを増やしているのがインターネット。佐々木と対談した岸見は「今の若い人たちは、嫌われることに随分と恐れを抱いているようですね。多分、SNSが普及し常時誰かとつながっていることが大きい。とにかく嫌われてはいけない。いつでもいい顔をしていなければならないことに息苦しさを感じているのでしょう」と指摘。斎藤も最近、若者の旅行離れや本離れが進んでいることについて、スマホなどで「四六時中誰かとつながることにエネルギーを吸い取られて、ほかのことに関心が向かない」と分析する。
「中央公論」の特集で、産業医の大室正志は持ち歩いているパソコン(ネット上)に、常に上司から業務命令が出されることに触れて「ネットは勤労者を縛る『鎖』と化す」とさえ言っている(「ストレスと戦うな! 戦うから負けるのだ」)。
こうして精神科クリニックと製薬会社はますます繁盛するのだ。
編集委員 森田 清策