原発事故から5年半の現実、深まる福島への差別

事実が軽視され、風評被害続く

 東京電力福島第1原発事故からもうすぐ5年半が経(た)つというのに、福島の住民はいまだに風評被害に苦しんでいる。福島の食材を忌避する消費者は少なくないし、現地でのボランティア活動への誹謗(ひぼう)中傷もある。原発事故についての正確な情報や公平な判断が軽んじられているのだ。その一方で、反原発活動家たちの歪(ゆが)んだ言説が影響力を持っている。これでは、民主主義の機能を健全に保つことはできない。

 月刊誌9月号の中で、社会学者の開沼博の論考「福島をめぐる不毛な議論を乗り越えるために。」(「潮」)と、東京大学医学部附属病院放射線科准教授、中川恵一の「福島復興の壁 低線量被ばくの現実」(「WiLL」)は、正確な知識の啓蒙(けいもう)と、原発事故の政治利用の排除が福島復興のための重要課題であることを改めて示している。

 まず、風評被害の実態だが、「福島に対する差別的な動きは、収まるどころかより深まっている」との所感を述べた開沼は、その具体的な例として、二つのケースを挙げる。一つは、昨年10月、あるボランティア団体が行った福島県沿岸部の国道沿い清掃活動に対するバッシングだ。主催したNPO法人に「殺人行為」「狂気の沙汰」などという誹謗中傷の電話やメールなどが約1000件も届いたという。

 もう一つは、福岡県に本部を置く生活協同組合連合会「グリーンコープ連合」が福島県を除いた「東北5県」の品物を集めた「東日本大震災復興応援」フェアを行ったこと。東北といえば、通常「6県」であり、当然違和感を持つ。

 同連合は、福島県を除いたのは震災前から同県の食品を扱っていなかったからで、原発事故とは関係ないと釈明した。しかし、開沼は「福島はレントゲン室と同じ」などと語り合う勉強会を組合員が開いていたことが会報誌に掲載されていたと指摘して、「言い逃れ」できないと批判する。

 なぜ、このようなことが起きるのか。「“福島がひどければひどいほど、自分たちの脱原発や放射線被曝回避の主張が正当化されていく”という歪んだ論理の中で、差別の構造が生まれています」と、開沼は分析する。

 つまり、反原発を絶対正義とする短絡思考の中で、放射線被曝についての事実が軽んじられてしまっているのであろう。

 低線量被曝に対する過剰反応の現実を見ていくと、事実が軽んじられる状況がより際立ってくる。がんの放射線治療専門医として、31年間に2万人以上の患者を診てきたという中川は今もほぼ毎月福島を訪問しており、福島の実情に詳しい一人と言える。その立場から、「食品の放射能に関しては、福島産が日本で一番安全とすら言えます」と太鼓判を押す。

 だが、首都圏の消費者の3割が福島の食材を購入しないとする調査結果を紹介。また、食品の放射能の規制が日本より緩い台湾では、福島県産だけでなく、近隣各県の産物の全面禁輸を続けているが、これは「一部の運動家に迎合する政治家に主導」されているからだという。

 また、年間10㍉シーベルト以下の被曝では「がん罹患率の増加は見られない」とする国際放射線防護委員会(ICRP)の報告を挙げながら、自然被曝と医療被曝以外の追加被曝量が最大でも3㍉シーベルトの避難者は、放射線でがんが増えることはないと、中川は断言する。にもかかわらず、過剰な避難による生活習慣の悪化などで「今後五~十年後に福島でがんが増える可能性が大」と危惧する。

 さらに、甲状腺がんの子供が130人以上見つかっているが、これは本来必要ない検査を続ける結果、「自然発生型」のがんを見つけ出しているだけで、原発事故による被曝とは関係ないし、もともと甲状腺がんで死亡することはほとんどないという。そして、「福島の原発事故は、放射線とがんを正しく理解することの重要性を改めて教えてくれます」と強調している。

 中川の論考は、低線量被曝についての事実を述べているだけで、新しい事実や知見を提示しているわけではない。しかし、反原発という政治目的のために、事実が軽視される言論状況の中では、繰り返し提示されるべき論考である。(敬称略)

 編集委員 森田 清策